メシの種なり
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010-英語の先生は「コーチになれ」はおかしい
■読売の英字紙「ザ・デイリー・ヨミウリ」の平成十二年四月七日版に、カトー・リン・カレッジのM・R・チャイルズ(Marshall R. Childs )先生のコラム(Practical Linguist)に、日本の中・高の英語教師のjob definition(仕事の定義)について書いてある。そのコラムによると、日本の英語教師のjob definitionが、単に講義することから「英語がしゃべれる」ように教えることに変更されたので、教え方を切り替えなければならないと言う。要するに、英語の教師にはcommunicative competence (コミュニケーション・能力)を持つことが要求されていると言う。だから、知識を教えるだけ(講義をするとか情報を与えるとかだけ)ではダメでコーチになることが重要になってくる。しかし、講義するよりもコーチになることの方がむずかしいのである。
■英語でいうコーチ(coach)と日本語としてのコーチでは、意味が少し違う。英語でいうコーチ(coach)は、ほとんどの場合、日本語では「監督」という意味として使われている(但し、日本のプロ野球の場合、"coach" は「監督」という意味にはならない)。サッカー・アメリカンフットボール・バレーボール等のコーチは、日本では「監督」と呼ばれている。チャイルズ先生は、この監督のことをさしているのだろう。
■中高の英語の教師に、この「コーチ」になれというのだが、それは非常に酷なことである。まず、1クラスの「生徒・学生」とスポーツの「選手団」では、個々のメンバーの素質が違う。例えば、野球部・サッカー部の選手が持っているスポーツに対する能力は、普通の生徒の能力をはるかに上回っているし、技術も一定以上のレベルに達した者ばかりである。
■特に市や県や国の大会で入賞できるようなチームに加入している者の能力は、大変なもので、普通の人とは能力の度合(レベル)が違う。
しかし、一般の生徒の中は、高い能力を持った者もいれば、低い能力しか持っていない者も、又、やる気のない者も多くいて、運動部の部員とはモチベーション(motivation 動機)の点でも大いに異なっている。
■部活の練習量を英語の授業と較べてみよう。英語の授業は、せいぜい、週に四・五回くらいで、しかも、一回の授業時間は、最大、五十分だから、ごくわずかの時間しか勉強(英語の「練習」といってもよいかも知れないが)できないのである。しかも、教師は1クラスだけ教えるのではなく、2クラスも3ククラスも教えなければならない。それに較べて、運動部の部活(練習)は、毎日行われ、しかも、練習時間は数時間にも及ぶ。土・日・祝祭日も練習があったり、試合(英語の勉強でいえば外国人としゃべるというようなこと)が行われたりする。
しかも、これが一年中(夏休みも冬休みも春休みもなしで)やられるのである。合宿などやると、朝起きて、夜寝るまで練習するわけで、英語の勉強と較べることなど、全くできるものではない。
■私も専門学校で非常勤講師を十年以上やっているが、クラスルーム・ティーチング(classroom teaching)というのは、成果をあげようとすると、大変な努力と効果的なやり方(effective method)が必要になってきて、個人的に一対一でやるトレーニングとは大変違うのである。まず、始めからやる気のない者がいるし、そういう連中をその気にさせるのは「馬を水際まで連れてくるのは簡単だが、水を飲みたくない馬に水を飲ませるのはむずかしい」という格言のごとく、大変むずかしい。運動部員なら、選手になりたくて入部したわけだから、動機の面でも、一般の生徒とは大違いなのだ。
■私は学校で教えるばかりでなく、プライベートで教えたりもするが、個人的に教えると、全員、うまくなる。私の発音教室に来る生徒さんは皆さんとてもやる気があるので、すぐに英語が上達してしまうのである。しかし、学校でクラスルーム・ティーチングを行い、生徒が英語をしゃべれるようにするのは、まず、不可能なのかも知れないと思うことがよくある。
■日本人の持っている英語の知識は世界でもトップレベルであると言われている。しかし、単に「英語を知っている」ということと、「英語が使える」のとは違うのである。皮肉な事に、日本人ほど「英語を勉強しているのに喋れるようにならない国民」というのはあまりないそうである。
■チャイルズ先生は、「頭の中にある耳でパターン化されたものを聞くことによって、正しい文型も再生することができるのだ」と言われる。私はよく言うのだが、英語を母国語としている人たちは、「チャンク」(chunk)と呼ばれる「単語が数個(多くても八個くらいまでの)連なる短い文」を何千と頭の中溜めていて(私は「仕込む」とか「仕入れる」とか呼ぶが)、必要な時に適当なチャンク(chunkとは「塊」という意味)を発射させて会話をするのである。
■このチャンクは、単に知識として頭の中にためてあるのではなく、口に出して「すらすら言える状態にしてあるもの」で、ピストルにたとえるなら、ちゃんと火薬が入っていて、不発にならないような良質の弾丸のことで、引金を引けばいつでもズドンと発射されるものなのだ。チャイルズ先生も、「英語を話すためにはこのチャンクの仕入れだけで十分で、別にむずかしい文法など知らなくても文法的なことは、パターン化して覚えればよいのだ」と言っている。
■チャンクを仕入れるのに、英語母国人たちは、文法を学ばないで行うという。それは、人間が第一言語(母国語)を習得するためのLAD(Language Acquisition Device )と呼ばれる「生まれながらに持っている言葉を覚える、天から与えられた能力」を持っているから、小さい時に文法など学習しなくても母国語が習得できるのだ。しかし、思春期になると、神様はそれまでに母国語を習得しているはずなので、もういらないだろうと言って、我々からLADを取り上げはじめるのである。子供が第一言語である母国語の英語を覚えるのと、外国人が英語を覚えるのを同じだと言うのは間違っていると言わなければならない。ましてや、思春期を過ぎた中高生に、子供が自然に覚えるやり方をみて、その通りにやれば外国人にもそのことばが覚えられるだろうと言うのは、私に言わせれば「暴言」なのだ。外国人が英語を覚えるには、文法は欠かせない要素である。
■日本人にとっても英語を習得する時に、文法を把握することは重要なことなのだが、それと同時にやっておかなければならないことがあるのである。それは音の問題を解決することである。発音のことだが、音ばかりだけではなくリズム・イントネーション、flapping、弱母音化、語尾のエル(Dark L)、特に「強勢と弱勢の違い」を体得しておかなければならない。これらのポイントはネイティブと接することが少ない日本人にとっては見逃しがちだが、流暢に英語を喋ったり、英語を聞き取るためには必要な事なのである。特に、英会話などでは難しい文法よりも、これらのポイントをしっかりと勉強しておく必要がある。
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