メシの種なり
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いくら勉強してもしゃべれるようにならない、聴いても分からないというその理由は何なのか英語を『メシの種』にしている私がすべて解き明かします!
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001-はじめに
■今年から(平成13年)、私の住んでいる品川区でも、区立小学校で英語を教えはじめた。三年生から英語を始めるのだという。小学校から英語を教えはじめることに関しては、賛否両論があちこちで展開されているが、おおむね賛成派が多いようだ。私はどちらかというと、小学生のうちから英語を強制する必要はないと思うのだが、やりようによっては、会話力をつけることに役立つとも思う。ただし「やりようによっては」という条件付である。ネイティブスピーカーに教えさせれば、皆、英語が上手くなる、しゃべれるようになるというわけではない。小学校からはじめれば、中学校からはじめるよりも、ずっと早くからしゃべれるようになるということにはならない。あくまでも「教え方」によるのである。全国で八千人にものぼるALT(外国人の英語指導助手)を雇用し、英語教育を実施している中学高校が、ほとんど成果をあげていないことを考えると、同じことを小学校でやっても、先は見えているのである。
■ 小学校から英語を教えることは、多分、ここ二・三年で、全国的に行われるようになるだろう。こういう世の中だから、小学生の子供を持つお母さんたちは、子供のために役立ちたいと思って、自分たちも英語の再勉強に取り組まなければならないと思う人が大勢出てくると思われる。なんせ英語は、主婦たちの「やりたいことのリスト」の第二位にランクされているぐらいなのだから。 サラリーマンでも役人でも、英語など必要ないなんて言う人は、ごく少数派で、英語がしゃべれるようになりたいと思っている人はゴマンといるし、企業でも社員に会話を習わせているところが多く、今やIT革命の時代だから、インターネットには英語が欠かせないなどと言っている。一国の首脳たちまで「英語を第二公用語にしよう」(森前首相などもその一人だが)などと「寝言」を言いはじめるほど、世の中、英語英語と言って騒いでいる。もっとも、多少、英語をメシの種にしている私などには、ありがたいことなのだが、それにしても、日本の英語教育は、どうしてこう欠陥だらけなのかと不思議でしょうがない。改革改革と叫びながら、成果の上がるようなことは、全くと言ってもいいぐらい行われていない。外国人の先生を雇えば、日本人の英語が上手くなると思って、ガイジン(英語が母国語の白人)を教壇に立たせても、録音テープ代わりに使われるだけだったり、教える能力がなく(語学教師としてしっかり訓練されていないので)、ただ英語がしゃべれるだけのガイジンだったり、また教える能力もある良い先生でも、彼にやる気をなくさせるような環境だったりと、いろいろな問題を抱えているらしい。
■日本人は誰でも「英語がしゃべれるようになったらいいな」と思っていると言えば、大げさな言い方になるかもしれないが、とにかく、多くの日本人は英語に強い興味を示していることは確かである。年間、千六百万人が海外旅行をする国など日本ぐらいなのかも知れないが、皆、「英語ができればもっと楽しめたのに」と言う。だから、英語に関する知識を増やそうと、いろいろな本をよんだり、テレビ・ラジオの英会話番組を見たり聴いたりし、英会話学校へ行く人もたくさんいるのである。しかし、それでもなかなか上達しないと嘆いている人も多い。いくら勉強してもしゃべれるようにならない、聴いても分からないというその理由は何なのか?私は「その犯人は発音なのだ!」と叫び続けているのである。上手くならないのは、正しく発音できるようにトレーニングされてこなかった為なのだ。少なくとも学校では。自分が正しく発音できて、口に出して言えるように練習したチャンク(長くても単語が八つぐらいの短い表現、多くは4〜6語ぐらいのもの)を千や二千も覚えておけば、会話は難なく出来るようになる。自分が正しい発音でペラペラっと口に出せるチャンクは、確実に聞き取れて、その意味がすぐに理解できる。自分が口に出せる(正しい発音、抑揚などで)チャンクをできるだけ仕込めばよいのである。まず良い鉄砲を手に入れ(正しい発音が出来るようになった)、同時に弾薬も十分に調達する。そうすれば、引き金を引けば「いつでもズドンと弾が出てくる」のである。
■小さい子供は、皆、言葉を覚える天才なのである。しかし、言葉を覚えるには、幼児のように終始口を動かして練習しなければ、天才でも簡単には言葉は覚えられない。週に2〜3時間だけネイティブの先生に接触しただけでしゃべれるようになるというわけにはならない。教える方のコミュニケーション能力も重要で、ある程度、日本語で子供たちと意思の疎通が出来なければ、英語だけでやっても、ちんぷんかんぷんということになる。ましてや、一クラス30人も生徒がいると、先生と英語で接触できる時間は、一人当たり非常に短いものになるから、文科省が考えているような効果は期待できない。
■この連載では、英語に関して、私が気が付いて時折書きとめていた小文をまとめたもので、英語は「メシの種」になると思う読者には、けっこう楽しんでお読みいただけると思い、著したものである。
平成13年12月某日
著者 杉本宣昭
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002-私の英語は独学の賜物だ
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■「語学をやる」とか「英語を勉強する」などと言うと、「やる」、「勉強する」は能動的な動詞を使っているので自分の意思で行うことだが、「学校で勉強する」と言うと、「教えてもらう」というような受動的なニュアンスを持った表現になる。先生がいて、その先生に教えてもらうことだから、「〜してもらう」には「やりたくないけれど、何かの理由で、教えてもらわなければならない」というレベルから、積極的に「教えを乞う」というレベルまであるわけで、かなり個人差があるのは明らかである。
■どういうわけか、世界中どこでも、「学校というところ」は外国語教育に適していない。教え方がへたくそで、日本だけではなく、アメリカでも他の国にでも、その教育効果――例えば、その外国語がしゃべれるようになるとか、ちゃんと書けるようになるという結果――がわずかしかなく、ほとんどの生徒・学生はしゃべれるようにならないというのが現実なのである。
■私も非常勤講師だが、学校で二つのクラスに英語の発音などを教えている。クラスルーム・ティーチングで良い結果を出すのは難しいもので、プライベートに教えている弟子たちは、全員、上手くなるのに、学校で教えている学生で発音が本当に上手くなるものはそう多くはない。教え方の良し悪しかもしれないが、それよりもモーティベーション(動機付け)の問題なのだと思う。私の場合、医療関係の三年制の専門学校で発音と専門用語を教えているのだが、大卒の学生もかなりいて、知的レベルがそんなにひどいわけではない。一年生には発音と会話表現を教え、二年生には専門用語を教えている。一年生も二年生も私の授業は必須だから、全員強制的に受講させられる。中学・高校でも英語は必須科目だから、本人がやりたくなくてもやらなければならない。大学でも英語が必須のところが多いので、事情はどこでも同じということになる。「馬を水際まで引っ張って行くことは簡単だが、馬に水を飲ませるのは別の話だ」("You can take a horse to water, but you can't make him drink.)という格言があるが、まさにそういうことで、飲みたくない馬に水を飲ませることは出来ないのである。
■学校でも能動的に勉強したい者は努力しだいで良い結果を出すことはできる。しかしこのカテゴリーに入る者は、十人のうち2〜3人だろう。他の者はたいてい落ちこぼれる。クラスルーム・ティーチングの効果は、また、何をどう教えるかによって変わってくる。学生が望んでいることは何なのか?しゃべれるようになりたいのか、いろいろなものを読めるようになりたいのか、ちゃんとした英文が書けるようになりたいのか、受験問題に精通したいのか、ト−フル(TOEFL)などの試験でよい成績をとりたいのか、学生によっては「何を覚えたいのか」がかなり違う。また、どこに目標を置くかによって教え方も違ってくる。教える先生たちの能力も問題だ。文法の知識、会話文の知識、正しい発音を教えられるかどうか。
■英語の教師の「資格」がどうあるべきかは、大きな課題である。三拍子そろった能力(文法も読み書きもちゃんと出来て、発音もしっかりしていて流暢にしゃべれる)が必要なのか?私に言わせると、書く能力としゃべる能力が欠落した先生がほとんどで、いくら三拍子そろった先生が必要と言っても、これは「ない物ねだり」でしかない。しかし、本当に使える英語を学生たちに習得させるのなら、教師たちのこの二つの能力(書く・しゃべる)を開発することが最重要課題となる。
■私の経験から到達した結論は、本当に「読めて、書けて、しゃべれる」ようになるためには、学校以外で覚える努力をすることしかないということなのだ。特に日本では、学校では教えないこと(書くこととしゃべること)は、自分で勉強する以外にはない。誰も教えてくれないのなら、独学でやるしかない。実は、私は、これを高校の一年生のときからやっていたのである。たまたま中学三年生のとき、広島県の英語弁論大会に出場する三人の一人としえ選ばれて、よい先生(アメリカ英語の発音の勉強を独学でやっておられた先生)に発音の指導を受けたのをきっかけに、高校へ入ってからも引き続きこの先生の指導を受け、先生と一緒に、同じ勉強仲間というような関係で、英語の発音の研鑽を行い、二年生のころからは、もう自分だけで独学を気が狂ったようにやりはじめていたのである。
■当時、1950年代後半は、ジャズやロック、カントリーウエスタン、ハワイアン、ラテン音楽などが花開いた時期で、私は特にジャズの歌に魅せられ、そのアメリカ英語の音とジャズ音楽との微妙な結びつき、なんともいえない心地よさを発見し、発音の練習を多くのジャズ曲の歌詞を通してやりはじめ、高校のときに、100曲以上の歌詞を覚えた。それらを正しい発音で歌うことにより、発音を磨き上げたのである。だから、発音だけは完璧なGA(General American)と呼ばれるアメリカ英語の標準語音になっていた。
■母校の高校のすぐ近くにアメリカ文化センターがあり、毎日ここに通って、ライフ、ルック、タイム、ニューズウイークのようなアメリカの雑誌を読みまくっていた。その他にも、多くに小説などがここにあったので、読む材料には事欠かなかったのである。しかし、学校の授業や当時使われていた教材は完全に無視していたので、まわりからは非難の目で見られていたらしい。一人だけ、皆とは違ったことを勉強しているわけだから、担任の先生にも「そんなことをやっていたら大学に受からないぞ」とお説教されたが、馬の耳に念仏であった。とにかく高校時代は受験勉強そっちのけで(もっとも世界史だけは、参考書を丸暗記して、一応、受験の準備をしたのだが)、皆が受験勉強に力を入れていたのと変わらない(ひょっとしたら受験勉強以上に)努力を「英語の独学」に対して行っていた。だから私の英語力は学校の授業のおかげでもないし、塾や予備校にも行かなかったから、本当の意味での「師匠の指導の賜物」ではない。全て「独学の賜物」だったのである。
■大学に入って、横浜に下宿し、伊勢崎町にあった「コイノニアコーナー」(キリスト教の団体が運営していたGIのくつろぎの場所)に行きはじめ、そこでGIたちとしゃべりはじめると、一ヶ月もたたないうちに「お前は、アメリカはどこの出身か?」と聞かれるほど、まるっきりアメリカ人だと思われるようになっていた。これには、本人も非常に驚いたのだが、高校時代に周りの人たちに白い目で見られながらもやった自己流の勉強方法が「正しかった」ことが証明されたわけだから、大変な自信となり、以降、GIや宣教師、米軍将校たちと英語をしゃべりまくって、スポンジが水を吸うごとく英語の知識を身につけていったのである
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003-何だかんだ言っても、日本人には英語が必要なんだ
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■ロイ・アンドリュー・ミラー氏(Roy Andrew Miller)は「どんな言語でも覚えるのは難しい。だが、一旦、覚えてしまえばやさしいのである」("Any language is difficult until we learn it; and no language is difficult when we know it.")と言っている。
■多くの人が、日本人にとって英語を覚えるのは難しいと言う。その理由は、日本語と英語はあまりにも異なる言語なので、ドイツ人が同系統の英語を覚えるのとは違うのだと。英語と独語は親戚関係にあるのに、日本語と英語では、文法も違うし、特に冠詞の使い方など日本人にはとうていマスターできない。前置詞の使い方だってよく分からない。中学・高校・大学で何年やっても、外人に道を聞かれても、上手く教えてやることも出来ない。海外旅行に行っても、買い物するのも大変だなどと多くの人が言っている。欧米人にとって、日本語が大変難しいのも、この裏返しなのである。しかし、私などは、高校時代、特殊な勉強方法を取ったから、前述したようにすぐにアメリカ人に間違えられるほど上手くなった。
■アメリカに何年も住んだり、英語圏の国に留学したりしなくても、英語母国人と同じようなレベルに到達することも可能なのである。私の方法は「発音を徹底的にマスターして、会話的な表現をたくさん覚える」ことなので、単純明快な方法なのだ。
■日本の英語教育は間違っていると言う人は多い。学校教育だけで英語がしゃべれるようになった人はほとんどいない。今ではテープを使ったり、外人の先生もいて、直接生の英語に接触できるようになったが、皆、上手にはならない。どういうわけか、学校で英語を教えても、学生がしゃべれるようにはならないのだ。これは英語教育界の大きな謎で、その理由は教える側にある。
■上智大学の渡辺昇一先生などは、文法教育が重要で、中学・高校では「文法中心」(今までのやり方)で教えるのがよいと言う。私も、文法は大変重要なので、異論はない。渡辺先生は、文法の勉強をし、英文読解をやるのは頭脳のトレーニングに最適だと言う。若いうちに外国語と格闘し、文法の知識を入手し、読解を行うことは「知的トレーニング」になるのだと。
■しかし、私の考えは少し違う。文法に重点を置くのはいい。だが中学一年のときから文法中心で行くのは、少々考え物なのだ。外国語習得のトレーニングは、段階的にも目標を定めてやる必要がある。まず、英語を聞いてある程度理解でき、こちらの意思も口頭で相手に伝えられるようになることが、初期の段階の目標になるのが自然だと思うのである。外国の知識を出来るだけ早く入手しなければならなかった明治時代ならいざ知らず、今日では「使える英語」の習得が最初の目標にならなければおかしい。使えるとは「聞けて、しゃべれて、書ける」ということなのだ。
■日本人が英語をしゃべりたいと思っても、その前に『発音』という障害がでんと座っている。英語の母音は基本的なものでも12個もあり、日本語には5個しかない。しかも日本語の母音と同じものは「エ」だけで、他の11個の母音は残りの日本語の母音4個とは「違う音」なので、これらをちゃんと発音できるようにならないと、耳で聴いても分からないのだ。ましてや、しゃべって相手に分かってもらうことなど出来ないと思わなければいけないのである。子音でも日本語にない音はたくさんある。しかし、子音はわりと楽に覚えられるのである。/ f, v, l, r, / のようなものから "sh"、th" 無声音・有声音、鼻に抜ける "ing" の音もあるが、これらはちょっとしたコツを飲み込むとすぐに正しく発音できるようになる。
■音を覚えるのは、年齢によって、また個人の器用さによっても違うが、私が今までにプライベートに教えた弟子たちは、全員、上手くなっている。私の長女などは、中学一年の時発音を教えただけで、今、ニューヨークで、全くアメリカ人と変わらない発音で英語をしゃべっている。
■だから、中学に入った一年目は、「発音と単語だけ教えればいい」というのが私の主張するところである。一年間は徹底的に発音のトレーニングを行う。同時に、単語の発音、つづり、意味を教える。それも、日本語になっている「カタカナ語」を中心に教えていく。日本語として使われているぐらいだから、皆、ある程度、単語の意味を知っている。だから、この単語は「元来こういう意味の単語で、正しくはこう発音して、名詞になったり、動詞としても使われる」などと説明してやれば理解しやすい。まるっきり知らない語を覚えるのではないので、勉強がイヤにならない。また、こういう教え方をすれば、発音の練習でも、私の今までの経験から、学校で多数の学生に発音を教える場合でも、個人レッスンでも、イヤになるものは非常に少ないと思う。単調な繰り返しの連続であっても、おもしろいと思うものが多いくらいで、ほとんどの学生はついてくる。ただし、先生が発音を教えられるかは、大きな問題として残る。先生をトレーニングするのは大変だが、それもやってやれないわけではない。夏休みなどを利用して、集中的に訓練したり、大学で発音のトレーニングを必須としたり(教職を取る学生に対して)すれがいいのである。またネイティブの先生のいる中学校などでは、発音の仕方は日本人の先生が説明し(日本語で)、ネイティブの先生の後について発音させるとか、そのような先生がいない場合は、テープを聞かせて、発音練習させる。しかし、日本人のセンセイは「発音のし方」を少なくとも知識として(自分自身が実際に正しく発音できなくても)マスターしていなければならいのだが。
■中学二年になると、短い文章(専門的には『チャンク』と呼ばれる、単語が二個から六個ぐらいで作られたもの)、特に会話文を、ペラペラと口に出して言えるように、毎回、授業時間の半分以上を使って練習させる。そうすることで、英語のイントネーション、リズムなども体得させることが出来る。残りの時間を使って文法を教える。
■「チャンク(chunk)」とは「かたまり」という意味だが、英語を母国語としている人たちは、通常、対話をするときは、チャンクで話をするので、日本人のように、頭の中で「作文して」(でなければ日本語を英語に翻訳して)はしゃべらない。要するにひとつの表現を「かたまり」として口に出すのである。このチャンクが頭の中にゴマンと入っていて、それが発想した瞬間に口からペラペラっと出てくるのである。議論したり、討論したり、演説したりするときは別で、しっかりと考え考えて「文の構成を整え」、出来るだけ理路整然と話をする。そうでない日常会話では、大して考えなくていいわけだから、チャンクのぶっつけ合いをやっているだけなのだ。だから我々日本人も、チャンクを出来るだけ多く仕入れればいいのである。だからチャンクの仕入れは、出来るだけ早めに行うことが肝心なのである。単語を覚えるのと同じ要領で、チャンクを丸暗記するのである。しかもいつでも必要なときは「口に出して言える」ように覚えなければならない。これを出来るだけ「正しい発音」でやるのである。こうやって千個、二千個、三千個のチャンク覚えれば、会話は十分に出来るようになる。
■暗記することは、外国が習得には欠かせないことのひとつである。経営学の大家ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)先生も「本を一冊丸暗記したのでまともな英語が書けるようになった」と言っている。私は「英語は独学した」と思っている。もちろん、中学・高校・大学で(大学では英文科の専攻)、一応、習ったのだが、本当に身についたのは学校以外で独学したことである。外国語を習得するときは「発音習得抜き」では上手く行かない。フランス語は日本の大学でもアメリカの大学でも受講したが、誰も発音を教えてくれないので、全然ものにならなかった。
■独学でやろうが、学校で勉強しようが、皆、英語を勉強している。学校では強制的にやらせているわけだが、全員が嫌々ながらやっているわけでもない。受験という目的もあるし、また心の奥底では『英語が出来るようになることは自分のためになる』と信じて、多くの人が英語を勉強しているのである。受験に成功するためなら多くの人がものすごい努力をするし、特に英会話学校などに通っている人は、多額なお金を払っているわけだから、本当に英語がしゃべれるようになりたいのだ。しかし残念なことに、多額の投資をしても、英語がしゃべれるようになる人は少ない。もっとも、私の弟子たちは、全員、上手くなるから例外かもしれない。
■では、なぜ多くの日本人が英語を勉強しているのだろうか?学校の受験や入社試験に組み込まれているから、仕方なく勉強しているのだろうか?そういう人も多くいるだろ。しかし、大半の人は、これから生きていくうえで「英語は必要だ」と思っているのだと私は思う。インターネットの時代だから、英語でE−メールが書け、海外の英文のサイトにアクセスしたいと思っている人も多いるはずだし、日本の企業も海外との取引が増えているので、必然的に英語を使わなければならない人が増えてくる。課長ぐらいになると英語が出来ないと「役に立たない」などと言う人もいる。実際に、課長になるにはトーフルやトーイックの点数が何点以上でないとダメだという会社もある。特に技術屋は、英語が読めない、書けないなどと言っていられない。最先端の情報は英語でかれているのだから。
■ニューヨーク在住の霍見芳浩先生(ニューヨーク市立大学教授)が、「ジャパンズ・ルネサンス」(講談社、平成12年2月2日刊行)で嘆いておられるように、日本人はもっと努力して、英語の実力をつけなければならないのだろう。先生が向こうに行っている留学生や派遣社員も「英語が出来ないだけでなく、何年米国にいても少しも使えるようになる人が少ない」と嘆いておられる。この人たちに共通していることは「みんな日本語での読書力が貧弱で、思考力や必要な作文力はもっと貧弱であること。日本語でまともな読み、書き(思考)、話が出来ないのだから、論理的思考を必要とする外国語を身につけられはずがない」と厳しいことを言われる。
■山本七平氏(故人)は、私が最も尊敬する学者だが、欧米的理論を展開する達人だった。独特な文体で多くの名著を残されたが、私には本当に読みやすい文体だった。多くの人は、かなり難しい文体だと思ったらしいが、英語に訳すときは「楽だろうな」と思ったものである。霍見先生も「アメリカのちゃんとした大人たちと付き合うには、会話術だけでは役に立たない」と言われ、まさにその通りで、広い範囲の知識を持ち、それを理路整然と英語で言えるようになるには、それなりの努力をしなければならないのである。
■いまや、毎年、1700万人が海外へ出かけている。多くに国でショッピングをするとき、日本語も多少通じたりするので、あまり不便を感じない人もいるが、やはり少しは英語がしゃべれないと不便なのだ。食事の注文、ちょっとしたサービスをホテルナで受けたいと思っても、英語がしゃべれると、英語圏以外でも、何かと用をたすことが出来る。ホテルのバーなどで、隣に座った人と会話でも出来れば、海外旅行も愉快なものとなる。友達でも出来れば、文通がはじまったり、人生に豊かさを加えることも出来るだろう。要するに、日本人にとって、英語は必要な言葉なのである。問題は、どれだけ上手くなるかということで、上手くなればなるほどいいということ。どうすれば上手くなるのか?勉強方法の「質」と努力の「量」の問題なのである。
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004-ことばを覚えるということは、どういうことなのか
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■母国語、自国語、日本ではこれを「国語」と呼ぶ。我々は、小学校、中学校、高等学校を通して、12年間にわたりこの国語の授業を受けるが、学校は「文の解釈や文法の勉強」には力を入れても、書くことのトレーニングや口に出してしゃべることのスキルを教えることは、全くと言ってもいいほど、やらないのである。アメリカなどでは、スピーチ、ディベイト、プレゼンテーションのやり方のトレーニングを中心に「イングリッシュ(彼らの国語)」を教えている。しかもこの教科を「English(英語)」と呼び、「ナショナルランゲージ」「マザータン」などとは絶対に呼ばない。日本人なら、日本語がしゃべれるわけだから、こんなことは教える必要ないとでも思っているのか、また書くことでも、同様に思っているからなのか、学校では全く教えないと言っても過言ではない。漢字さえ覚えさせれば、本さえ読ませれば、文章力などは、自然に身に付くぐらいに考えているのだろう。
■しかしこれが大きな間違いなのは、彼らが世の中に出て就職をすると、すぐにその欠陥が露呈することでも明らかなのだ。彼らに社内で報告書を書かせたり、プレゼンテーションをさせたりすると、惨めな結果となり、「お前たち、学校で何を勉強してきたんだ!」怒鳴れ、そこではじめて、書いたりしゃべったりする練習をひそかにやらなければならなくなる。
■アメリカでは全ての大学で「イングリッシュ」の科目を取らせられる。必須科目なのである。特に書くことが中心で、ハワイ大学留学中に私も取らなければならなかったのだが、アメリカ人の学生たちもこのイングリッシュは苦手で、卒業ぎりぎりまで取るのを伸ばし、最後の学期になって取る者が多いくらいなのだ。小中高で日本よりは書くことをしっかり教えられているはずのアメリカ人も、ろくな文章が書けない者が多くいて、皆、苦労していた。今では「フレッシュマン・イングリッシュ(Freshman English)」と呼んで大学一年生の必須科目となっている 。
■アメリカは日本と違い、子供たちの両親の言葉が英語以外の言語であることが少なくないので、なおさら、公用語の英語の教育に力を入れなければならないのかもしれないが(ヒスパニック系やアジア系の移民がここ20〜20年に急増したので)、それだけではなく、アメリカのような「自己主張が重要」な国では、それをするための手段である「言葉の表現能力」を身に付けないと世の中の競争に勝てないのである。アメリカではサラリーマンの実力は、その人の書く能力によって判断される。だから、文章下手は、絶対と言ってもいいぐらい出世できない。多くの経営者は、知能や論理性は本人の書いた文章に表れると信じているのだ。ロジカル(論理的)で論の展開に隙がなく、簡潔明瞭、快いリズム感、味わいのある言葉の選択が備わっていないと、本当に優秀だと認められない。だからサラリーマンでも学者でも、死に物狂いで文章力を磨くのである。
■「ことば」に関して山本七平氏は「日本人の人生観」の中で次のように言っている。聖書には「人はパンのみにて生くるにあらず」ということばがあり、ここで言う「パン」とは「食べ物の総称」のことで、この次に来ることばが忘れられているのだと。それは「アラ・パンティ・レーマティ」で、「アラが英語のバット、つづくことばは『あらゆる言葉』です。それにさらに『神の口を通じて出た』とつづきます」と言われ、我々は、一体、何を基準にして生きているのかを振り返ってみると、「人」が生きる元まで戻ってみることで「それは『あらゆる言葉』であり、われわれの場合は日本語で生きているわけです。これはある意味では『定め』ともいえることで、人間は言葉なしでは生きていけないし、われわれは日本語なしではどうにも出来ないわけです。われわれがものを考える場合は日本語で考える」と七平さんは言われる。人間がものを考えるということは、コンピューターと同じような作業をするわけで、「コンピューターは記憶装置というもがありまして、そこにさまざまなデータが入っており、それによって答えが出てくるはずです。では記憶装置の中がゼロであったらどうなるか。そのコンピューターはもちろん何も答えを出せないわけです。この原則は人間も同じでありまして. . . . . . .記憶の量がその人の発想の範囲をきめてしまうわけですから、『憶える』ということは実に大切な作業のはずです。これからみれば旧約聖書の末尾に出てくる言葉の一つが『憶えよ』であることもまた、不思議ではありません」と言っている。「質の良い記憶の量をふやせばふやすほどその人間の発想の総量はふえていく」わけで、何を暗記させるかが問題となる。「昔の日本ではこれが『四書五経』、キリスト教徒なら『新約聖書』、ユダヤ教徒ですと今でも『五書(トーラ)』でしょう。そしてここで共通している面白い点は、意味を理解しなくてもそれを問題にせず、まず棒暗記させてしまうと言う点です」。
■日本では、この「棒暗記」ということをさせなくなって、何十年も立つが、語学の勉強には、この棒暗記くらい効果的な方法はないのである。ただ問題は「何を暗記させるか」ということなのだ。英語教育を考えるなら、私の長年の持論なのだが、出来るだけ多くのチャンク(chunks、「かたまり」のことで、長くても七つ八つくらいの単語でできた短い表現)を正しい発音で暗記させることなのである。ネイティブ・スピーカーはこのチャンクを沢山頭の中に入れていて、ウインブルドンのテニスの試合のように、双方からポンポンと出てくるのである。だから日本の学生にもこのチャンクをたくさん暗記させて、いつでも引き金さえ引けば弾が出てくるようにさせればいいのである。
■七平さんに言わせれば「不思議なことに、世界中どこの国でも、古典的な教育はこれではじめています。. . . . . . 人間が全く無駄なことを永々とつづけるわけはありませんなので、まさにその通りなのである。
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005-文化の違いと英語習得の違い
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■現代の日本ほど、英語の必要性を身近に感じている国はないかもしれない。受験生は受験生なりに、大学生は就職試験のことを考えて、新入社員は先輩たちの苦労を見て、ベテラン連中は、実戦で、現場で、ますます英語にいじめられているのが現状だろう。それは、日本の企業は大企業でも中小企業でも、また日本の社会全体が、英語との接触なしにはやっていけなくなったからなのである。
■日本語における「ものの考え方」と英語のそれとは大きな違いがあり、そのため、このギャップが埋められないと、日本人が英語で表現するとき色々なトラブルが発生する元になるのである。表現の問題は、日本語の背景にある日本独特の文化と英語の背景にある「アングロサクソン的」な、また、ユダヤ・キリスト教的な「ものの考え方」の違いにより起こるのだが、日本人の持っている論理と英語世界の論理(欧米では共通の)とでは、根本が違うのである。山本七平氏が分析したように、「日本人が何かを論証しようとする場合、すべてが、相手を説得するという形になる。すなわち条理(論理ではないが、何かそれに似た順序で、結論を追ってゆく方法)をつくして諄々と説く」ので、論理的に論証するのではない。ところが、欧米人の世界は、多摩大学学長のグレゴリー・クラークセンセイの言うように「原則関係社会」なのに、日本は「人間関係社会」だから、この人間関係をうまくやろうとするために、摩擦を避けようとし、無意識のうちに表現が不明瞭になってしまう傾向がある。そのため、日本人が英語で表現するときも(会話をするときも文章を書くときも)、同じ発想になり、どうしても英語らしい表現になりにくい。欧米人のごとく彼らの論理を使いこなすのは、かなり西洋論理学を勉強した人でも、大変難しいのである。
■英会話スクールに行って、英語を母国語とする外人の先生について勉強しているが「一向に上手くならない」という人は多い。まあほとんどの人がそうだと言ってもいい。ではなぜ多くの人いくら努力しても上手くならないのか?ひとつは発音の問題だが、最終的にはこの「ものの考え方の違い」に答えがあるように思えるのである。"How are you? Fine, thank you." などのような単純な挨拶、慣用的、日常的な表現なら別に問題ないが、ビジネスの交渉ごとや政治・ぶんか・宗教・芸術などの話をするときに、自己の主張や分析などを表現するとなるとなかなか上手くいかないものである。
■日本人は、どうしても、相手の年齢・学歴・身分(社長、部長、課長とかの地位名など)・職種・出身地などを知りたくなり、日本人と話をするときと同様に、これらを知るための質問をする。しかしこういうパーソナルなことは、よほど親しくならないと聞いてはいけないのだというのが、欧米の文化である。こいうことをするだけで、大きな摩擦を引き起こすのである。
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006-日本語は難しい
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■「日本文化の特異性は、日本語が他の言語とかけ離れたものであったため、いっそう促進されたといえる」と、元駐日大使E.O.ライシャワー(故人、ハーバード大学名誉教授)が「ライシャワーの日本史」の中で言っている。「日本語の表記法は、漢字を基にしており、日本語の中には、おびただしい中国語が入りこんでいる。ちょうど英語の中にラテン語・ギリシャ語からの借用語が数多く入っているのと似ている。しかし、日本語と中国語とのあいだには、日本語と英語のちがいに匹敵するほどの根本的相違がある。その言語構造は、朝鮮語に酷似しているのだが、それでも、日本語と朝鮮語との関係は、英語とサンスクリット語を起源とするインド諸語との関連程度でしかないといえる。日本語は、現在世界で日常使われている言語の中でもっとも複雑な表記法を有し、しかも、類縁関係にある近い言語が存在しない孤立した言語なのである。そのため、日本人が他者とのあいだにかかえこんでいる言語上の障壁はより大いようである」とライシャワー先生は書いている。彼は日本語にもチャイニーズにも精通していた大学者だから、日本語の孤立性を大いに実感していたのであろう。
■長い間、日本語はウラルアルタイ語の系統だとされ、フィンランド語、ハンガリー語、トルコ語、モンゴル語、朝鮮語に近い言語だと言われてきたが、最近では、日本語はこれらの言語とはまったく違うことばだと認識されるようになっている。私も独学でコリアンを少し勉強しているのだが、助詞の使い方などは日本語に似ているのだが、サウンドシステム(音声組織、発音体系)が根本的に違うので、日本語と親戚関係にあると言う考え方には、賛成しかねていた。日本語のように、必ず母音で終わる言語と、多くの語が子音で終わる言語が親戚関係にあるとは思えないのである。イタリア語とスペイン語のように母音で終わる語が大半である言語が親戚関係(ラテン語系)にあるのは分かるが、ドイツ語と同系統だとは誰も思わない。ドイツ語は子音で終わる語の多い言語で、英語とは親戚関係にある。元々英語はドイツ語の一方言なのである。
■日本語をそのサウンドシステム(発音、抑揚、強勢・弱勢、リズムなど)の見地から考えてみると、発音に関しては、母音は「アイウエオ」の五つしかないから、大変易しいことばだと言えるかもしれない。母音が少ないということに関して言えば、イタリア語、スペイン語、ポリネシア語も「簡単に覚えられる」ということになる。しかし、これらのことばが、外国人に、簡単に覚えられるわけがないので、母音の単純さだけで、ことばの習得難度を測ることは出来ないだろう。
■子音に関してだが、英語が母国語の人にとって一番難しい音は「シ」だろう。あとの子音は、全て、英語にはあるから、この「シ」の音だけをマスターすればいい。最も厳密には「シ」は子音+母音(CV = consonant + vowel)だからこれを子音と呼ぶのはおかしいが、この音は英語のネイティブスピーカーには難しい音らしく、日本語を非常に流暢にしゃべる人でも、この音を正しく発音できない人がいる。"sh" の音発音するか "s" の音で発音する人が多い。しかしほかの子音は英米人にとっては「お茶の子さいさい」で、日本語を覚える時、発音(母音も子音も)では全く苦労することはないのである。だが日本人が英語を覚えようとすると、この発音が難敵となり、この敵さんをやっつけないとどうしようもなくなる。英米人にとっての難敵は「アクセント」で、日本人のようにフラットに発音することが難しいのだが、これが出来なくても日本人に理解されないというのでもないので、大きな問題はない。
■英語の母音で日本語のそれと同じだと思える音は / e / (/エ/) のみで、残りの母音11個のうち、他の日本語の母音の 「ア、イ、ウ、オ」とおなじ音はひとつもない。だから/ i: /, / i /, / ei /, //, //, /,/, //, /ou /, //, / u: /, / u / の母音は、日本語には無いものだから、それぞれ新たに発音の仕方を覚えなければならない。子音も "f, v, l, r, sh, sure, th, ing" のような音 / f /, / v /, / l /, / r /, //, //,//, //, // は日本語には無い音だから、これらも発音の仕方を覚えなければならない。しかし母音に較べれば子音のほうは楽に覚えられる。ちょっとしたコツを飲み込むだけで正しい音が出せるようになる。
■英米人にとって本当に難しいことは、文化や価値観の違いから日本人の「論の進め方」に納得がいかないことや、文法(特に「てにおは」の使い方)、漢字語の読み(ひとつの漢字に幾通りも読み方がある)などで、日本語も読み書きとなると、途方もない努力が必要になる。学者にでもなろうとするなら、古典も読めなければならないので、候文、漢文、平安時代の紫式部などの文も読めなければならないかもしれない。こうなると大変で、日常会話を覚えるのとは較べ物にならない。日常会話でも、敬語の使い方など大変難しいから(日本人の若者でも正しく敬語が使えないくらいだから)、日本語は「難しい」の一言ということになる。
■外人訛りのひどい日本語でもガイジン(白人のことだが)の口から出てくれば、「大変お上手ですね」と多くの日本人はお世辞を言う。これが東洋人の外国人だったらこういうほめ方はしない。これがれっきとした日本人の口から「ちょっとでも外人訛りと聞き取られるようなアクセント」で出て来ようものなら、必ず「欠陥日本人」と思われ、特に帰国子女などでこの「欠陥日本人」レッテルをはられると、致命傷になる。これには敬語の使い方の間違いも含まれ、終いには同じ日本人として扱ってもらえなくなり、村八分になったような気持ちになって耐え切れなくなり、日本人をやめてアメリカ人になってしまう人も出てくるのである。特に小学生・中学生ぐらいのときに海外で数年間すごし、日本語の世界から疎外されて育った帰国子女たちは、日本へ帰ってきて、いくら努力しても、この微妙なことばの使い方が身に付かず、つらい思いをする人たちがいる。
■これは、多くの場合、英語圏に行った人たちに見られる現象なのだそうだが、子供たちに英語を早く覚えさせようとして、家庭でも英語で話したりした人たちがいて、子供たちが日本語を使わなくなってもそのままほっといた場合にこうなるのだと言う。これは日本語の教育を怠った親たちの責任である。英語を母国語とする人たちが海外でする子弟への「英語教育」のやり方を見ていると、日本人の親たちの「母国語の教育」に関する無知さがよく分かる。多くの日本人の親は、自分たちが家で子供たちと日本語をしゃべれば「この難しい日本語」でも、子供たちは自然に覚えるのだと錯覚している。しかし、日本人共通の価値観・文化は、それを共有する「多くの人たち」との人間関係を通して、はじめて、自分の身に付くのである。現地に日本人学校を持つ地域に住んで子供を育てれば、日本語はおかしくならないし、現地のことばも覚えれば、それは大きな財産となるが、英語圏で五年も六年も現地の学校に行き(近くに日本人学校などが無いため)帰国した者たちは、親と日常的な会話は日本語でしていたとしても、他の日本人とまともに日本語が使えるかというと、そうは行かないようである。そうなると、その時点から、再度、母国語である日本語を正しく使えるようになろうとしても「もはや手遅れ」ということになる場合が多いと言われている。それほど日本語は「難しい」のである。
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007-日本語は家庭にしか通用しない語だ
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■岸田秀氏(和光大学教授)と山本七平氏との対談「日本人と日本語について」で言っていることに「日本語は家族語だ」というのがある。日本語には暗黙の前提というものが一杯ありすぎて「その前提が分かっている人にだけに通じる言語だ」と言うのである。日本語を直訳すると通じない。だから、日本人が英語下手なのは当たり前なのだと。英語というのは他人に対してしゃべることばだが、日本人は身内に対してしゃべることばしか持ち合わせていないのだと。
■ルイス・フロイスも「日欧文化比較」のなかで「我々は正確なことばを尊ぶ」と戦国時代の日本人を指してこう言っているぐらいだから、何百年も昔から、日本語を使う我々の考え方が、いかに、欧米の思考体系と違うのかが分かる。「正確でないものはフランス語にあらず」と言われると言うぐらいだから、欧米の言語では、正確にことばを使うよう、小さいときから教育をするのである。議論や交渉事でないときでも、ごく日常的な会話の中でも、ことばを曖昧に使うと、相手はそれを咎め、正しくは「こうこうしかじか」であると訂正する。しかし日本人同士でこんなことをやると、ケンカになるのがオチであろう。今ではやらなくなったが、昔は、よく妻や子供たちと話をするときに、みんなの表現が論理的でない(西洋論理上)とき、その不合理性を指摘すると、皆いやな顔をして反発し、「何でそんなにうるさいことを言うのか」と非難を浴びたものである。私は、西洋論理で自論を展開する術を若いころ身につけたので、未だに、海の向こうの理屈を展開している。
■英語は早めに白黒を明確にする傾向が強い。主語の後にすぐ動詞を持ってきて、述部の白黒をつけようとする。「〜である」のか「〜でない」のかを決めつける。ところが、日本語では文末まで「である」のか「でない」のか分からない。長々と表現(話)している間に、自ずと白なのか黒なのか分かるのであるが、気が変われば、いつでも反対の結論に持っていけるのである。おまけに、日本語は身内語だから、主語などをはっきり示さなくても、相手には分かっているので、はっきり言う必要もないし、しまいには、動詞を省略してもこっちの意思は十分伝わるのだから面白い。
■私が米国から1971年に帰国して間もないころ、私が書いた文章(日本語)を読んだ人が「まるで翻訳文のようだ」と言っていたのを思い出す。これは私があまりにも主語を入れすぎたためだと後で気づいたことだが、今では出来るだけ「主語削り」をするようにしている。主語を省略すればするだけ「日本語らしく」なるからである。
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008-アメリカからの影響、ヨーロッパからの影響
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■二百年以上も続いた日本の鎖国も、明治維新が断行され、終止符が打たれた。夷荻(いてき)と条約などを結び、神国日本を穢(けが)そうとする「徳川幕府をぶっ潰せ」と尊皇攘夷(天皇を尊び夷荻を撃ち払う)をスローガンに、とうとう幕府は潰されてしまったのである。
■明治政府は幕府を潰したあと、すぐに、公約破りをするのである。公約破りは日本の政治家の得意とするところで、維新の最大スローガンの「尊皇攘夷」をやめてしまう。尊皇攘夷は浪士や志士たちを狂わせるほどのイデオロギーだったのだが、維新が成功すると同時に、これを破棄して、潰した幕府以上の積極性をもって「開国」し、西洋の文物を取り入れはじめたわけだから、公約破りもいいところである。しかし、これに対してものすごい抗議もなく、暴動も起こらないで、ガラガラポンと西洋化に邁進するようになったことは、先の戦争に負けたときに「鬼畜米英」などはすっ飛んでしまい、アメリカ様さまになったのと、どこか似ているような気がするとセンセイが言うのである。今まで「夷」としてさげすんでいた人たちの文化・文明を、自分たちのものより優れている、より高度なものだとして学ぶことにしたのだから、イデオロギーを死んでも捨てない人が多い西洋の人たちには、全く理解できないことだと言える。無節操だと言われても仕方がないも知れないが、日本人は意外と現実的で、これは自分のためにならないと思うと、さっさと考え方を変えて、現実を受け入れることができる「大変いい性格」を持っているのかも知れない。少なくとも、日本人は多神教徒だから、一神教的なイデオロギー(絶対視するものの考え方で、宗教と言ってもいいような思考法)は、元来、我々にはなじまないものなのかも知れない。
■教育はフランスのシステムで、軍隊はフランス方式でやる。国会ができたころはドイツのやり方を真似し、外交的な礼儀作法とか着るものはイギリスの真似をする。このように、最初は、ヨーロッパの真似をしたのだが、アメリカを無視したわけではない。ペリー率いる黒船に脅かされて開国したぐらいだから、アメリカにも魅力を感じてたりしたはずである。しかし、アメリカは、当時、まだ若い国だったし、独特な文化も確立されていなかったし、西洋の列国の中でもアメリカだけが共和国で、当時の日本にとって役に立つ政治形態ではなかったので「何となく危ない、日本と相容れないような存在だ」と考えたのではないかと、コロンビア大学のドナルド・キーン先生は言うのである。
■アメリカからの影響は、大衆文化の面において、強く現れているのである。現在では、日本が輸出するものの八割は資本財(機械類、部品、部材など)で、消費者用の製品は二割しかないが、かっては、日本の得意とする輸出品は何だったかというと、電気製品、カメラ、自動車などで、これらは、昔は、全部アメリカから輸入してきたものである。ヨーロッパ人とは違って、日本人はアメリカ人と共通して「便利なものを喜ぶ人種だ」とキーン先生は言う。「便利なもののためならどんなものを犠牲にしてもよろしい。例えば、新しい電車の線路を敷く場合は、その線路の真ん中に奈良朝からあったお寺があっても、便利のためだと思えばそのお寺を片付けて、電車を三分速く大阪に着くように新しい線路を敷く。これはちょっと極端な例ですが、ともかく便利なものが文化であるというふうに思われてきたのは、大衆性のあるものはいいものであり、その大衆性を日本人はアメリカから学ぶべきものだという結論を得たためではないか、と私は思います」と言っている。
■キーン先生は次のようにも言っている。「日本人の多くは、漠然とした観念で、外国という場合はアメリカを指していることが非常に多い。例えば日本が小さい国だという話をする場合は、どういう意味かというと、アメリカと比べて小さいのです。イギリスと比べたらイギリスのほうが小さい。ベルギーと比べたら問題なしに日本は大国に違いない。日本人が外国にこれこれがあると言うとき、なんとなく頭の中で多くの場合はアメリカのことを言っています。そして、日本にないようなすばらしいものが外国にあると言うような場合は、それは大体アメリカのことをさしています。間違っていてもだいたいそういうふうに言っているのです。生活水準は外国が高いと言う場合は、それはノールウエーの話でもないスペインの話でもない。だいたいそれはアメリカの話です」
私はよく「アメリカではどうのこうの. . .」と書いたり言ったりよくしたが、これは人に嫌われると言う。「アメリカでは、イギリスでは、フランスでは、中国では等々と書いたり、口に出して言ったりすると、多くの人に不快感を与えるらしい。だから、今では、特に「アメリカでは. . .」を極力避けるようにしているのである。しかし、どこかの国と比較しないと、どうしても我々の姿が明確に浮かび上がってこない。読者に嫌われるかも知れないのを覚悟の上で、時々使わざるを得ないのも、またつらいことなのである。
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009-欧米は「契約」の社会、日本は「話し合い」の社会
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■海外と取引のある会社に勤めている人なら、英文の契約書に接する機会が必ず一度や二度はあるものである。私はこういう契約書を、数多く日本語に翻訳してきた経験があるが、これがなかなか難しい。日本の会社同士、個人の間でも商取引には契約書はつきものだが、通常、日本語の契約書は、いたって簡単なもので、文字がほんの数行しか書かれていないものもけっこう多い。
■しかし、英文の契約書となると、極小文字でぎっしりと何ページにもわたって書かれている。欧米では契約書(contract, agreement)と名のつくものなら、大抵、10ページやそこらになるのが当たり前で、日本人には「どうしてそんな細かいことまで」と思われるようなことが、細部にわたって書かれるのである。そこに書かれた内容があまりにも「がんじがらめ」になっているので「こんなことに縛られたのでは、全く、仕事にならない」などと思ってしまう。
■日本で契約書を取り交わすということは「お互いに商取引をする関係になった」ということを確認するためにやることで、取引条件を細部にわたって明記し、これに違背しないようにするということは「必要ない」と思われていた。取引条件など、時と場合により、そのときそのときの状況によって、いくらでも変わるものだと、大抵の日本人なら思っている。契約が絶対なのだと思っている日本人など、ほとんどいないと思っても間違いではない。
■しかし、西洋では契約とは「神(唯一の神、絶対神)との契約に準ずること」なので、これを破れば、必ずそれに対して償いをしなければならない。シェイクスピアの喜劇「ヴェニスの商人」に出てくるユダヤ人の金貸しシャイロック(Shylock)が契約書を楯に取って、相手の肉を切り取る権利を主張するが、裁判所の判決では、肉は切り取っても良いが、血を流してよいということは契約書に書いてないので「地を流さずに肉を切り取るべきだ」というストーリーである。シャイロックの世界のように、日本でも、英文の契約書のごとく、こまごまと細部にわたって条件を明示するのは、金融業界の契約書ぐらいかもしれない。しょせんは人間同士の信頼関係が薄い、最もハイリスクな世界では、契約書に「これでもかこれでもか」と細かい条件を書き込まなければならないのだろう。しかしこれからは、日本人が外国と取引するときは、特にこのことに留意してやらなければ、必ずや、大やけどをすると肝に銘じることが肝要なのである。しかも日本人の書く変な英語で契約書を作ってはいけない。必ず、専門の弁護士(できれば英米の)の手になるものでないと大損することになる。
■日本の世界では、たとえ契約書が交わされても、誰もそれを読まないし(特に現場の人間は)、たとえ読んでも、その細部まで頭に入れて仕事をする人はほとんどいないであろう。契約書に何が書いてあろうが、通常の商習慣の範囲内で仕事をすれば、誰にも文句など言われないのである。
■ 日本国の憲法でも、また、道路交通法でも、文字で書かれていることと、実際の運用は、別のことで、憲法第九条を読めば「軍隊は持てない」ということは誰にでも分かることである。しかし、これを「自衛隊」と呼ぶことにより「実質的な軍隊」を所有している。もっとも、2001年4月29日発刊の「痛快!憲法学」(小室直樹著、集英社インターナショナル)によると、第一次大戦後に結ばれた(多くの国によって)「不戦条約」と通称される「ケロッグ=ブリアン条約」の条文が日本の憲法第九条のお手本となったのだそうで、第九条の第一項がケロッグ=ブリアン条約のコピーであることを知れば、この第九条が放棄している「戦争」には「自衛戦争は含まれない」と解釈するのが当然で、この条約を作った当人、ケロッグ米国務長官が「自衛戦争は対象外です」と米上院で証言しているのだそうで、「国家がみずからの生存権までも否定したら、国家そのものの意味がなくなる」ので、「日本も自衛権を持っていると考えるべき」だと小室先生は言うのである。道路交通法の適用や運用についても、文字で書かれていることと、実際にこの法律が運用されていることとは、大きな差がある。スピード制限(最高スピードの上限)が表示されていても、10キロオーバーまでは黙認されていたり、自転車も「歩道上を走ってもいい」と表示されていないところでは「走行禁止」なのに、歩道を自転車が走っていても、警察官は、これを取り締まらない。それどころか、警察官自身が、おおっぴらに自転車で歩道を走っている。走行許可の表示のない歩道上では、自転車の走行はいけないと道路交通法に書いてあるのに、皆、無視している。法律があっても、それなもの無きがごとくに、皆、振舞っている。車道を走ると危ないので、歩道で自転車に乗るのは当たり前だと思っている。たいていの人は、自転車の歩道上走行を違法だと思ってはいない。私が「自転車は歩道上を走ってはいけないのだ」と言うと、誰でも「そんなことはない」と言う。
■山本七平氏の著書「資本主義の精神」にこういう話が載っている。あるフランス人神父が日本にやってきて、ある機関に勤務することになったが、当然、フランス式にやる。人を雇う場合は、あくまでも契約である。相手によって、5年契約もあれば、3年契約もある。そして「無契約」とは、実は、「即座にクビにできること」なのだと。いわば「その人間の地位を保障しているのは契約だけであり、無契約とは何も保障しない」いうことだと。したがって、無契約状態で働いている者は「当然にそのことを知っているはずだ」というのが、このフランス人神父の常識であるのだと七平氏は言う。
■だが「この常識は日本では通用しない」というわけである。日本人にとっては、そこで働くということ自体が「話し合い」の結果であり、その「話し合い」の結果の消滅には、消滅に関する「話し合い」があるはずであって、「無契約だから今日解雇する」と言えば、そのような一方的な処置には応じられないということになると七平氏は言う。
■「彼ら(フランス人たち)にとっては『一方的』を排して自己の位置を保障してくれるものは契約だけであり、無契約を決めていると言うことは、とりもなおさず一方的を承認していることなのである」と。だが「この論理は日本では通用しない」のだと。日本のような「話し合い絶対」の社会は、「一方的」がすでに罪なのである。また「五年契約」とか「三年契約」という場合は、フランス人たちにとっては「契約の終了とともに両者の権利義務は一切消滅する。その契約を承認したことは、その消滅を承認したこと」なのであると。したがって、期間満了とともに、全ての関係が『自動的に消滅する』ことは、この神父にとっては当然なのだが、日本ではこれが通用しない。「日本での『五年契約』『三年契約』と言う意味は、五年目、三年目に、また『話し合い』をしますということなのである」と山本七平氏は言われるのだ。
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010-英語の先生は「コーチになれ」はおかしい
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■読売の英字紙「ザ・デイリー・ヨミウリ」の平成十二年四月七日版に、カトー・リン・カレッジのM・R・チャイルズ(Marshall R. Childs )先生のコラム(Practical Linguist)に、日本の中・高の英語教師のjob definition(仕事の定義)について書いてある。そのコラムによると、日本の英語教師のjob definitionが、単に講義することから「英語がしゃべれる」ように教えることに変更されたので、教え方を切り替えなければならないと言う。要するに、英語の教師にはcommunicative competence (コミュニケーション・能力)を持つことが要求されていると言う。だから、知識を教えるだけ(講義をするとか情報を与えるとかだけ)ではダメで、コーチになることが重要になってくる。しかし、講義するよりもコーチになることの方がむずかしいのである。
■英語でいうコーチ(coach)と日本語としてのコーチでは、意味が少し違う。英語でいうコーチ(coach)は、ほとんどの場合、日本語では「監督」という意味として使われている(但し、日本のプロ野球の場合、"coach" は「監督」という意味にはならない)。サッカー・アメリカンフットボール・バレーボール等のコーチは、日本では「監督」と呼ばれている。チャイルズ先生は、この監督のことをさしているのだろう。
■中高の英語の教師に、この「コーチ」になれというのだが、それは非常に酷なことである。まず、1クラスの「生徒・学生」とスポーツの「選手団」では、個々のメンバーの素質が違う。例えば、野球部・サッカー部の選手が持っているスポーツに対する能力は、普通の生徒の能力をはるかに上回っているし、技術も一定以上のレベルに達した者ばかりである。
■特に市や県や国の大会で入賞できるようなチームに加入している者の能力は、大変なもので、普通の人とは能力の度合(レベル)が違う。
しかし、一般の生徒の中は、高い能力を持った者もいれば、低い能力しか持っていない者も、又、やる気のない者も多くいて、運動部の部員とはモチベーション(motivation 動機)の点でも大いに異なっている。
■部活の練習量を英語の授業と較べてみよう。英語の授業は、せいぜい、週に四・五回くらいで、しかも、一回の授業時間は、最大、五十分だから、ごくわずかの時間しか勉強(英語の「練習」といってもよいかも知れないが)できないのである。しかも、教師は1クラスだけ教えるのではなく、2クラスも三クラスも教えなければならない。それに較べて、運動部の部活(練習)は、毎日行われ、しかも、練習時間は数時間にも及ぶ。土・日・祝祭日も練習があったり、試合(英語の勉強でいえば外国人としゃべるというようなこと)が行われたりする。
しかも、これが一年中(夏休みも冬休みも春休みもなしで)やられるのである。合宿などやると、朝起きて、夜寝るまで練習するわけで、英語の勉強と較べることなど、全くできるものではない。
■私も専門学校で非常勤講師を十年以上やっているが、クラスルーム・ティーチング(classroom teaching)というのは、成果をあげようとすると、大変な努力と効果的なやり方(effective method)が必要になってきて、個人的に一対一でやるトレーニングとは大変違うのである。まず、始めからやる気のない者がいるし、そういう連中をその気にさせるのは「馬を水際まで連れてくるのは簡単だが、水を飲みたくない馬に水を飲ませるのはむずかしい」という格言のごとく、大変むずかしい。運動部員なら、選手になりたくて入部したわけだから、動機の面でも、一般の生徒とは大違いなのだ。
■私は学校で教えるばかりでなく、プライベートで教えたりもするが、個人的に教えると、全員、うまくなる。私の発音教室に来る生徒さんは皆さんとてもやる気があるので、すぐに英語が上達してしまうのである。しかし、学校でクラスルーム・ティーチングを行い、生徒が英語をしゃべれるようにするのは、まず、不可能なのかも知れないと思うことがよくある。
■日本人の持っている英語の知識は世界でもトップレベルであると言われている。しかし、単に「英語を知っている」ということと、「英語が使える」のとは違うのである。皮肉な事に、日本人ほど「英語を勉強しているのに喋れるようにならない国民」というのはあまりないそうである。
■チャイルズ先生は、「頭の中にある耳でパターン化されたものを聞くことによって、正しい文型も再生することができるのだ」と言われる。私はよく言うのだが、英語を母国語としている人たちは、「チャンク」(chunk)と呼ばれる「単語が数個(多くても八個くらいまでの)連なる短い文」を何千と頭の中溜めていて(私は「仕込む」とか「仕入れる」とか呼ぶが)、必要な時に適当なチャンク(chunkとは「塊」という意味)を発射させて会話をするのである。
■このチャンクは、単に知識として頭の中にためてあるのではなく、口に出して「すらすら言える状態にしてあるもの」で、ピストルにたとえるなら、ちゃんと火薬が入っていて、不発にならないような良質の弾丸のことで、引金を引けばいつでもズドンと発射されるものなのだ。チャイルズ先生も、「英語を話すためにはこのチャンクの仕入れだけで十分で、別にむずかしい文法など知らなくても文法的なことは、パターン化して覚えればよいのだ」と言っている。
■チャンクを仕入れるのに、英語母国人たちは、文法を学ばないで行うという。それは、人間が第一言語(母国語)を習得するためのLAD(Language Acquisition Device )と呼ばれる「生まれながらに持っている言葉を覚える、天から与えられた能力」を持っているから、小さい時に文法など学習しなくても母国語が習得できるのだ。しかし、思春期になると、神様はそれまでに母国語を習得しているはずなので、もういらないだろうと言って、我々からLADを取り上げはじめるのである。子供が第一言語である母国語の英語を覚えるのと、外国人が英語を覚えるのを同じだと言うのは間違っていると言わなければならない。ましてや、思春期を過ぎた中高生に、子供が自然に覚えるやり方をみて、その通りにやれば外国人にもそのことばが覚えられるだろうと言うのは、私に言わせれば「暴言」なのだ。外国人が英語を覚えるには、文法は欠かせない要素である。
■日本人にとっても英語を習得する時に、文法を把握することは重要なことなのだが、それと同時にやっておかなければならないことがあるのである。それは音の問題を解決することである。発音のことだが、音ばかりだけではなくリズム・イントネーション、flapping、弱母音化、語尾のエル(Dark L)、特に「強勢と弱勢の違い」を体得しておかなければならない。これらのポイントはネイティブと接することが少ない日本人にとっては見逃しがちだが、流暢に英語を喋ったり、英語を聞き取るためには必要な事なのである。特に、英会話などでは難しい文法よりも、これらのポイントをしっかりと勉強しておく必要がある。
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011-留学のタイミング
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■「子供をアメリカに留学させたいんだが、どうしたらいいだろう」と聞かれることが時々ある。そんな時はいつも「一応大人になってから行かせるのはいいが、十八歳以下の場合はやめた方がいい。少なくとも、日本の高校を卒業し、出来れば日本の大学を一、二年間経験した後の方がいい」と言うことにしている。なぜなら、あまり若いうちにアメリカへ長期間行かせると(一年間ぐらいならほとんど害はないが)、向こうの文化に引きずり込まれて、日本の文化(日本的な価値観や習慣など)に対して、帰国後、大きな違和感を持つようになったり、又、日本語がおかしくなったりして、日本の社会へうまくとけこめられなくなったりする人が多くいるからである。
■西欧のロジックはキリスト教やユダヤ教・イスラム教などのような一神教の持つ「一対」という概念(彼等は絶対の神の存在を信じている)に基づいているのに対して、日本人のロジックには「世の中には絶対はない」という考え方の影響があり、神にしても「八百万(やおよろず)の神々」のように唯一神はいないのである。世の中には絶対的な規範があるということを、一旦、信じてしまうと、今度は、日本的な価値観とバッティングしてしまうのである。
■西欧的価値基準からすると、我々が使うちょっとしたウソ(相手の感情を害さないように気を使って言う)なども、英語で言うlie(人をペテンにかけて、だまして、相手を陥れるためにつく嘘のことで、日本語のウソとは全く違う)の意味に取られたり、日本では「談合」のような、企業の大きさ(分相応)に応じて、全員が仕事にありつけるような暗黙の取り決めを、非合法的な行為としてしか理解できないようになり、非憤を感じるようになる。
■日本社会に見られるこのような一見、理不尽な慣行・敬語の使い方・人との接し方・言ってはいけなかったり・やってはいけないこと・逆にやらなければいけないことなど色々あり、このような社会のしきたりを身につけないと、日本ではうまくやっていけない。あまり若年にして海外で長く生活すると、こういう日本的なことが身につかない状態で日本へ帰ってくることになる。ましてや、日本語がおかしくなると致命的で、いくら英語が達者でも、企業や組織に入ると、同僚からも上司からも、絶対に認めてもらえなくなる。多くの帰国子女たちが直面しなければならない現実がここにあるのである。
■渡辺昇一先生が「英語教育大論争」(文春文庫・95・8・10)で次のように述べている。「・・・外国で生活する機会のあった親の中には、子供にともかく英語を仕込もうとして外国で教育を受けさす。そして外国の高等学校を出たりする。さて日本語は、ということになるが、高校卒ぐらいの年齢まで日本語を放って置いた日本人は、日常の日本語会話は出来るにせよ、日本語をマスターすることはほとんど不可能に近い。日本語は改めて学ぶには実に難しい言葉であるという厳たる事実に直面するのである。そうしたら子供の親たちは、自分が英語で苦労したので、子供だけでも英語で苦労しないようにと願ったに違いない。
■しかしその人たちも、自分の持っているものの価値に気が付かなかったのである。自分たちが日本語をマスターするために払った努力の方は忘れて、日本人の子供なら放っておいても日本の文学が読め、日本語で文章が書けると思いやすいのである。そして外国生活をしているのを幸いに英語だけをやらせると、年頃になった時に、その失ったものの価値に愕然として気づく、ということになる」。私の弟子で某商社に勤めている者がいるが、彼女によると、帰国子女で英語はペラペラだが、日本語が少しおかしい社員がいるという。苦労していると言う。
■帰国子女たちは、外資系の会社に就職すればよいと言う人がいるが、外資系の会社ならうまく行くというわけでもない。そこで働いている人達の大部分は普通の日本人なので、本社から来ている数少ない外人たちと英語でばかり話していると、回りの人たちのしっとを買い、足を引っぱられたりして、かならず浮き上がってしまう。私も外資系の会社にいたので、こういう経験を沢山している。他人のしっとぐらい恐いものはない。特に男性のしっとはものすごい。
■幸いにも私は大人になって(二十三歳で)アメリカへ留学したので、日本文化は十分に身についていたし、日本的な理不尽さにも一応慣れていたので、七年後に帰国しても、何も問題はなかった。
■留学先はハワイ大学だった。東京オリンピック(一九六四年秋行われた)の後で、ホノルルに着いたのが、パールハーバー・ディ(十二月八日)である。変な日にハワイへ行ったもので、真珠湾攻撃の日である。あとで皆なに皮肉を言われたが、飛行機の予約を取ったときは、このことには、全然、気がつかなかったのである。英語をしゃべることは、日本にいるときから、アメリカ人と変わらないと言われていたので、日本から来たばっかりだと言っても、誰も信じてくれなかった。言葉ばかりか、アメリカ的な物の考え方や慣習にも、多くのアメリカ人と付き合ってきたので、何ら違和感を感じることはなかった。
■在学中の七年間は、まぁ貧乏だったことを除けば、生活自体はスムーズにいっていた。ハワイは日系人の多い所だから、平均的なアメリカとは多少違うかも知れないが、ニューヨークにいた四年半でも、ほとんど人種的な差別にも会わなかったし、まるで生まれながらのアメリカ人のように暮らしていたのである。
■その反面、自分のアイデンティティーとしての「日本人であること」を喪失したくないという強い気持ちがあり、日本人としての誇りが強烈だったことも確かである。当時、アメリカに来る人は、留学生・移民を問わず、皆んな米国籍を取得するとか、少なくとも永住権を取りたいのでアメリカにくるのだと思われていて、たしかにアジアから来る人は、特に、その傾向が強く、韓国や台湾からの留学生たちも、ほとんどの人が、永住権・市民権を取るために血道をあげていた。当時。永住権を持っているかどうかでは、大きな違いがあり、アルバイトでも、留学生は。週に二十時間までしか許可されず、親からの仕送りでやっている者はごくわずかの金持ちだけだったから、学費・生活費を稼ぐのは、必須のことだった。しかも、大学の成績は「可平均」(ABCDと不可のDの五段階中のC)を取らないとアルバイトの許可がおりない。フルタイムの学生(一学期に十二単位=四科目を取る学生で、地元の学生でも十二単位も取るとアルバイトなどやっていられないと言っていた)でなければならないという条件が付いていた。しかし、永住権を持っていると、大学をパートタイム(一学期に一科目とか二科目だけ履習して)でゆっくりとやることもできるし、又、アルバイトでも時間の制限がなく、留学生とは条件が全く違うのである。
■「いつ永住権・市民権を取るのか」と地元の人に聞かれたが、「日本人をやめて、アメリカ人になるつもりはない。別に米国へ亡命する必要もないし、日本が嫌になって日本国籍を返上して、米国籍を取らなければ理由は全くない」と答えていた。「アメリカ人になりたいと思ったことなど一度もない。今、ここに居るのは、勉強するために居るのであって、米国籍を取るために居るのではない」と言うと、たいていの人は怪訝な顔つきになった。アメリカ人に言わせれば、アメリカは世界で一番良い所で、ここへ来る人は、全員、アメリカ人になりにくるのだと思っているのである。そんな所で「アメリカ人になりたくない」と言われると、全く調子が狂うということになるらしい。
■キシンジャー氏やガルブレス教授のように外国出身者(キシンジャー氏はオーストリア出身のユダヤ人、ガルブレス先生はカナダ出身のスコットランド系)たちでも、国務長官とかインド大使のような公職につける国だから、日本国とは大きな違いがあるのはたしかである。キシンジャー氏のようにユダヤ人にとっては、元々、我々日本人が考えるような「祖国」がないので、自分にとって一番良いと思う国を選んで、そこの市民になっても、無節操なことだ(自分の生まれた国を捨てて他の国に市民になるというというような)とは思わないのだろうし、又、ガルブレス先生のような人にとっても、元々、父上がスコットランドからカナダに移民した人なので、自分が隣りの国(非常によく似ている国)に移り、最終的にはそこの国籍を取得して、その国の市民となっても、精神的に大きな問題はないのかも知れない。そこえゆくと、日本人の場合は少し違うかもしれない。戦前(第二次世界大戦・大東亜戦争前)の米国移民でも、たいていの人は「アメリカ国籍を取りに言った」わけでもなく、ましてや、日本国籍を捨てるために行った人などいなかったのではないだろうか。たまたま、戦争があって、日本が負けて、アメリカの市民になった方が最終的にはトクだとか、仕方ないとかでアメリカ人になって人が多いのだと思う。私でも、ひょっとしたら、アメリカ人の女性と結婚して、子供もでき、長い年月、アメリカに住んでいれば、自然にアメリカ人になっていたかも知れないが、日本へ帰ってくる前提で渡米したのだから、国籍を取りに行ったわけでもないことはたしかである。
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012-英語を公用語にしようなんてとんでもないことだ
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■日本のように、日本語という言語一つだけで、すべてのことが運営される国はどちらかというと少数派かも知れない。日本のように、日本語だけで、政治・経済・教育・学問などが行われている国は意外と少ないのである。アメリカでも、最近はヒスパニック系の人口が増えてきて、スペイン語の存在が大きく浮かび上がってきている。とは言ってもスペイン語が、アメリカで、第二公用語になったわけではない。
■昔、ハワイ大学に留学中、インド人の学生に「日本の大学では何語を使って授業が行われているのか」という質問を受けて「そんなこと日本語に決まっているだろう」と答えると相手はびっくりして、「えっ、日本では自国語で大学教育をしているのか。そんなこと信じられない」という答えが返ってきて、今度は、こっちの方が驚いた経験がある。かなりの日本人が、私と同じような経験をしたらしく、色々な人が同じような体験を誌上で語っている。
■インドでは沢山の異言語が使われており、そのうちヒンズー語が主要言語なので、これが国語ということになっているようだが、共通語として、かつての宗主国のことば「英語」も公用語として使われ、大学は主に英語で教育を行っている。ひとつには、近代科学を自国語で教えるには、語集不足なので、西洋のことば、インドの場合は「英語」で教えざるをえないというのが定情なのである。その点、日本語は、明治維新後、先達たちの大変な努力により、西洋の概念はすべて日本語に翻訳され、大学という高等教育を行うところでも、西洋のことばで教育しなくて済んだのである。
■西洋諸国の植民地になった国々では、現在でも、元宗主国のことば(主に英語・スペイン語・フランス語・ポルトガル語・ロシア語など)を公用としたり、それで高等教育を行っている国もまだ多くある。欧米の元植民地となっていた国々は、あれだけ搾取され、略奪されたにもかかわらず、元宗主国のことばを、今だに使っている。多くの人にとって、これはなかなか理解できないことかも知れない。
■あれだけ厳しく日本語を排撃した韓国でさえも、最近では、日本語が生き返ってきはじめたくらいだから、ことばというものは、一種独特な性格を持っているのかも知れない。
■フィンランドでも、ベルギーでも、スイスでも、複数の言語が公用語となっている。公用語となるということは、そのことば、例えばそれが英語なら、ありとあらゆる所で、英語が併用され、英語の文章でも公式な申請などができるということなのだ。例えば、日本で英語を第二公用語にするということは、公的な申請書は英文でも日本文でも受け付けられるということで、場合によっては両方のことばで申請書を作成しなければならないということになる。道路標識や公けの機関の名称などは、日英両語で表示をしなければならなくなるし、議会(中央・地方と問わず全ての議会)の議事録も、全部、日英両語で作成されなければならなくなり、全ての政府通達・公文書・法律も日英両語で書かれるようになるのである。
■私などはそういう公文書を読むことはあっても、作成する側の人間ではないから、日英両語で併記してあっても別に何の痛痒も感じないけれど、絶対に文章を作成する側の人間にはなりたくないと思う。日本語を英語に翻するような仕事は、よほど食えでもしていないかぎり、真平ごめんである。ひょっとすると、英語を公用語にすると、自然と役人になる者などいなくなって、公務員のリストラ策としては、最も効果的だというのだろうか?今、英語の公用語化を唱えている人たちは、実は、これを狙っているのかも知れない(?)
■昔も今も、英語の効用・重要性は、誰でも知っていることだから、今さら、英語を公用語にして公式に認める必要はない。ただ公式に公用語として認定するだけで、あとは何もしないということになると、これは百害あって一益なしで、大変なことになる。
■すべての公文書・議事録・法令・法律・道路標識・公約看板などを英語で併記しなければなくなるわけだから、その費用がいくらかかるかは想像もできないが、これらを英文化する人員の確保ができるかどうか、また英文化要員を確保できたとしても、翻訳ミスなどあったらそれこそ大問題となる可能性がある。
■特にアメリカなどは、これ幸いと、弁護士を大動員して、ちょっとしたことでも訴訟を起し、何千兆円でもぶったくることができるようになるのは目に見えている。英文の併用を怠ろうものなら、そのため米企業が商売不利になったと言って、いくらでも賠償金をふかっけられる。「さて森首相閣下、英語を公用語化して、英語併記を徹底し、アメリカなどにやられないようにする用意がありますかな?」と私が問うなら、元総理はどう答えたであろうか?
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013-『ハマはかつて英語の宝庫だった』
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■広島の高校を卒業して、東京の大学(青山学院英米文学科)に入ったとき、横浜に下宿することになった。なぜ横浜なのかというと、うるさい叔母が横浜にいて、下宿は自分の近くでなければいけないというわけである。しかし、この横浜に下宿したことで、高校時代の努力がいっきに、ペイオフされることになった。同じ下宿の横浜市大四年生に紹介されて、伊勢崎町のど真中にあった「コイノニア・コーナー」に行きはじめたのがきっかけで、私の英語人生がスタートしたと言ってもいいだろう。
アメリカにNCC(National council of churches in the United states)というキリスト教の色々な宗派をまとめた組織(本部はニューヨーク市にあった)があり、そこが日本に宣教師を派遣し、アメリカのGIたちの基地以外での施設として日本人と交流のできる場所を運営していた。その一つがコイノニア・コーナーで、ここでは兵隊たちが、オフベースの(基地を離れた)憩いの場として、無料のコーヒーを飲んだりしながら日本人のサラリーマンや学生たちと歓談していたのである。日本人でも自由に出入りでき、英会話の練習を目的に多くの日本人がきていた。もちろん、そこには宣教師がいるからキリスト教の匂がぷんぷんしていたのだが、私には全く気にならなかった。
私はここへ毎日通っていた。タダのコーヒーが飲めるのも魅力の一つだったが、英語を話す相手が沢山いるのが最大の魅力なのだ。高校時代は英語をしゃべるチャンスなどないに等しかったが、発音は徹底的に磨き上げてあったから、簡単な文(単語が八つぐらいまでで作られた短い表現でチャンク=かたまりと呼ばれる)を正しい発音でしゃべるだけで、楽に会話ができるのである。
受験勉強はやらなかったけれども、単語力は人に負けないほどつけていたし、文法も一応身についていたから、あとは毎日英語をしゃべりまくればいいので、急速に上達した。自分でも驚くほどで、すらすらしゃべれるし相手の言うこともほとんど全部分かり、GIたちが使うスラングもすぐに覚え、色々な表現があたかもスポンジが水を吸うごとく、頭に入ってくる。
夜になると、GIたちが飲みに連れて行ってくれるようになり、夜な夜な酒を飲みながらペチャクチャとしゃべりまくっていたので、英語をしゃべりはじめて一ヶ月もたたないうちに、GIたちが「お前は(アメリカ)どこの出身か?中西部のどこかだろう」と言うようになっていた。彼らは、私のことをてっきり「アメリカ人」だと思っていたのである。英語をしゃべりはじめて、たった一ヶ月でである。
これには、当の本人も驚いてしまった。「アメリカへは一度も行ったことはないし、日本生まれの日本人だ」と答えると、皆な「うそをつけ」というぐらいだったから、私が高校時代にやった発音中心の勉強は大したものだったのである。
毎日、兵隊たちとコイノニア・コーナーで英語をしゃべり、宣教師たちともしゃべる。ここにくる常連の兵隊たちはかなり真面目な連中で、言葉遣いも上品だし変なののしりことばを使うこともなく、ましてや宣教師のしゃべる英語はレベルの高いものだから、非常にまともな英語を私も昼間はしゃべっていたが、夜になって、兵隊たちとバーへ行くと「ののしりことば」(cuss words)を頻発し、大いに下下の表現に精通するようになっていった。
ここで大事なことは、上品な英語と下衆な英語の使い分けができることである。そういう意味では、兵隊とも将校とも付き合いがあったので、両方を覚えることができた。
大学の一年の秋には、通訳のアルバイト(東京で開催された国際ローターリークラブの大会の)に一年生では私一人がかりだされ、TIAF(東大・ICU・青学・外語の四大学で競う英語演劇のコンテスト)に一年生では唯一人出演者となったりしていた。とにかく、英語はペラペラになっていたのである。
大学二年生の終わりの頃には、コイノニア・コーナーの宣教師の手伝いをするようになって、かなりのアルバイト料にありつけるようになっていた。大学三年生のときには、外人基地の反対側で平楽というところに、家を一軒与えられ、そこで兵隊たちと学生たちが交流できるパーティーを行う活動や、ノース・ピイアーと呼ばれる米軍の港湾施設に軍の輸送船が入港すると、そこへ「横浜サービスメンズ・ガイド」のブースを設置して、下船してくる兵隊たちに横浜の地図(チャペルセンターと呼ばれていた軍の教会の所在地やその他彼らのためになると思われていた場所など示した)を配布したり、彼らの質問に答えたりする仕事の責任者になったりしていたので、けっこういい稼ぎになっていた。友人たち数人をアルバイトとして雇ってバイト料を払ったりしていた。
当時、最初の安保のデモで大変だった1960年から東京オリンピックの行われた1964年の間だが、横浜の伊勢崎町にも本牧にも中華街(私たちはチャン町と呼んでいたが)には、いわゆる「外人バー」というのが多くあって、日本人はめったに行かなかったけれど、兵隊たちや船乗りたちでにぎわっていた。こういう外人バーへ行くと日本人の従業員(女給たち)には煙たがられたが、兵隊たちとすぐに友だちになれ、英会話の練習にはうってつけの場所であった。こういう外人バーは、横須賀の基地の近くや岩国市の米海兵隊基地の回りなど沢山あって、岩国の基地の近くに「イワクニ・サービスメンズ・センター」を建てるときに、一ヶ月ほど工事の監督に行ったときなど、毎晩外人バーへ飲みに行き兵隊たちとしゃべったものである。残念ながら、今ではこういう外国人バーも少なくなり、英会話を鍛錬できる場所が少なくなってしまった。
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