スギーズのべる
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●我輩も猫である
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vol.003

■サムライも殿様が民・百姓の上前をはねた分のおこぼれをもらって生活する。だが何もしないでメシを食わせてもらう猫よりは、少しはマシなのかもしれない。大してプロダクティブでなくても、一応、お城に出仕して事務仕事(オフィスワーク)をするから、遊んでいるばかりではないのである。上級職の上士なら、生活はかなり豊かかもしれないが、下の方の者の生活は、けっこう苦しいのだ。それでも、出勤できる者(役付きのサムライ)はいい。無役のものは惨めなもので、役付なら役職手当がつくから、その分だけでも無役のものよりも生活が楽だが、無役の下級武士は、何もしなくてもいいが、そのかわり家禄(何石とか、何両何人扶持とか、何俵何人扶持を年二回ぐらいに分けてもらう)だけで生活しなければならない。物価がインフレ("inflation" の日本式短縮形)になっても、収入は同じだから大変で、百石、二百石取りのサムライなら、何とかやりくりできても、三両三人扶持などという最低の家禄しかもらっていない者たち(江戸徳川家の家来など)は、家族全員協力して、一年中、アルバイトの手間賃稼ぎをしないと、食っていけないのである。浪人となると、この家禄もないわけだから、それは惨めなものである。私もこの浪人と言うラベルをはずす努力をせざるを得なかったのである。

■昔の黒人奴隷なら死ぬまで浪人することはない。古代エジプトやローマ帝国時代の奴隷も同様で、大金持ちになった奴隷や、奴隷の身分のままで大臣になったものもいたというぐらいだから、浪人よりも奴隷の方が楽かもしれない。もっとも、日本は奴隷制度を一度も持たなかった国だと言われているから、日本人には、奴隷と言うと、あの西部劇に出てくるアメリカの黒人奴隷しか想像することができないかもしれない。浪人が、再度、主持ちになるには、江戸時代と呼ばれた徳川幕府治世下でも、希望者が多く、競争率が高いわけだから、簡単には雇ってもらえなかったらしい。吾輩も彼ら同様の努力をすること以外に手はないと悟ったのである。

■猫に私有財産があるわけではない。だから、金品を誰かに贈るわけにもいかない。頭を使う以外には手はないのだ。幸いに頭は悪くないし(天才だと思っているぐらいだから)、語学の才能にも恵まれている。日本語も、来日いらい、暇にあかせて勉強したから、米日両語に精通したバイリンガル("bilingual = 二ヶ国語を流暢に話す)だ。人間は誰も知らないが、猫は語学の天才なのである。猫はどこで生まれようが、どこかへ移動すると、たちまちすぐにその土地の言葉を覚える。猫である限り、どこの国へ行っても、猫同士のコミュニケーションはすぐに取れるようになる。その国の猫語をすぐに覚えるからである。私などは、その上、人間の言葉にも精通する能力を持っている。猫なら誰でも人間の言葉が分かるようになるというわけではない。私のように人間の言葉が分かるようになる猫もいれば、どうしても覚えられない猫もいる。皆、ある程度は分かるようになるらしいが。しかし、犬のように「多少は人間の言葉が分かる」ことが人間に知られると、後で大変な苦労をしなければなくなるので、できるだけ人間の言葉が分からないような振りをして、われわれ猫族は、長年努力し続けてきたのである。この語学力を利用すれば、新しい御主人様を見つけることも、何とかなるだろうと、早速、行動を開始したのである。

■次のマスターが見つかるまでは浪人の身分だから、メシを何とかしなければならない。日本はアメリカと違って、そこの共同体の一員にならないと、うまくやっていけない社会だ。猫の社会だってそうなっている。ゴミ箱あさりだって、それぞれ縄張りが決まっているから、他の猫たちの縄張りを荒らそうものなら、半殺しの目に会ってしまう。日本の猫ときたら、恩知らず恥知らずで、私が主持ちだったとき、一人(猫だから一匹か?)では食べきれないご馳走を近所の奴らに分けてやっていたにもかかわらず、私が困っているときはそっぽを向いて、魚の尻尾の一つも分けてくれない。不人情(不猫情?)な奴ばかりで、頭にくる。

■そういうわけで、二日もメシを食っていないと、ドロボーでもやるしかなくなるではないか。いわゆる「泥棒猫」というやつだ。しかし、これをやって人間様に捕まると、こっぴどく殴られたりするから、私には危険すぎて、とてもじゃないけどドロボーなどは出来ない。生まれたときから浪人の野良猫("アリーキヤットalley cat")なら、魚屋の店先から、サバ("マッカレルmackerel")やサンマ("ソーリーsaury")をさっと失敬する才能と度胸を持っているかもしれないが、私にはとても出来る芸当ではない。

■結局、人間様のものを失敬するのはやめにして、替わりに、近所にいる、少々間の抜けた犬のメシをいただくことにしたのである。この犬の名前は「シロ」といい、全く気のいいメスの犬なのだ。ちゃんとした飼い主のいる犬で、ほとんど鎖につながれることもなく、常時、放し飼い同然の犬なのである。この国の法律では、犬の放し飼いは禁止されているのだが、近所から一度も苦情を言われたことはないと飼い主は言っている。このシロ君は、全く、人畜無害なのである。シロに噛みつかれることなど、絶対にないと近所の人は思っているぐらいだから、「畜」の内に入る私などにも、いたって愛想がいい。

■シロ君には猫もうらやむような特技がある。飼い主がいるのにもかかわらず、直径一キロメートル以内に、行けば必ずメシを食わせてくれる家を四軒も五軒も持っているのである。相手は「野良犬だからかわいそうだ」と思ってエサをくれるわけではない。シロには、ちゃんとした飼い主が居ることを知っていて、それでもシロが来るとエサをやるのである。どうしてこうなるのか私にはよく分からないのだが、これこそ、シロ君の大特技なのである。シロ君は、外で、自分の家のメシよりも美味い物を食べているので、家のメシははよく残す。この残ったシロ君のメシをいただくことにしたので、飯の心配だけはなくなった。

■シロ君は頭がいい訳でもないし、私のように毛並みがいい訳でもない。ただ人(犬と言うべきか)がいいのである。誰にも恐がられない。シロ君は人間とうまくやるコツを知っているのである。これは私も大いに見習わなければならないと思ったのである。

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