スギーズのべる
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●我輩も猫である
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vol.004

・浪人廃業、主持ちになる

■ある日のことである。私が例によってシロ君のおこぼれにあずかって、食後の腹ごなしの散歩をしているとき、シロ君の家の近くでときどき見かける中年の男に "Come here, Kitty. Come here, Kitty." 「子猫ちゃん、おいで」と英語で話しかけられた。私は、一瞬、ためらったが、久しぶりに英語で呼びかけられたためか、ふらふらっと、声をかけられた中年男の足元へと吸い寄せられていた。彼はしゃがんで私の頭をなでながら "You're a good girl." 「お前はいい娘だ」と繰り返して言う。私の性、メスかオスかを確かめないで「いい娘」と決めつけられたのには少々頭にきたが、気にしないことにした。どうせ後で調べれば分かることだから。

■人間と一緒に暮らすうえでの最大のハンディーは、何といっても「こっちのしゃべる言葉が相手に通じない」と言うことだ。私などは、猫の中でも数少ない語学の天才だから、日本語もすでにマスターしている。耳で話しを聞いたり、目で読んだりすることは、まったく、問題ないのだが、日本語でも声に出してしゃべると、相手には「ニャオ、ニャオ」としか聞いてもらえない。結局、ゼスチャーまがいの事をやる以外に手がない。相手の足に身をすり寄せたり、いろいろなことをやっても、こっちの意思の百分の1も相手に伝わるかどうか、ろくなコミュニケーションも出来ないのである。書くことでも出来ればいいのだが、猫の手はサルの手と違って、ペンや鉛筆は握れない。書けない、しゃべれないと言うと、まるで「日本人の英語」みたいなもので、少しも使い物にならないのである。

■この男は、発音も日本人訛りが少しもなく、日系二世かと思ったが、人のよさそうな顔をしているし、アメリカ人と変わらない英語をしゃべる男なら、私と同じような物の考え方ができるだろうし、一見、インテリにも見えるし、ひとつ、この男に取り入って三度のメシにありつくのも一策と考えるにいたった。丁度浪人してから三ヶ月にもなるし、主持ち時代の生活が恋しくなってもいたのである。

■この男はすっかりハゲあがった四十男なのだが、どう見ても五十以下には見えない。白髪でハゲだから、少なくとも十歳以上は上に見られる。本人はハゲと言われても、全然気にならないらしい。職業は「自由業」、要するに、メシの種なら何でもやるという「何でも屋」だと本人は自称している。歌の歌詞に "Jack of all trade and master of none." というのがあるが、何でも出来るが、いずれも中途半端で「何もマスターしていない」の類だと。アメリカの大学を出ているので、英語を教えたり、翻訳などを主な収入源にしていた。

■猫ほど感のいい者(猫は動物だから「物」かもしれない、私は少なくとも、人間とは同等だくらいに思っているので「者」と言わせてもらうが)はいないので、第六感のはたらきは、犬よりも数倍上なのだ。この第六感の冴えこそ、我が猫族の優越意識の根源なのである。この第六感に「この男は、根っからの猫好きだ!」と" I chose this man as my new master" 「私が選んだ」と言っても「こっちだって選ぶ権利がある」と言うのは人情だから、相手にも選ばせなければならない。私の方で、一方的に決めるわけにはいかないので、攻め方に工夫をこらす必要がある。まずは当人攻略ということになるが、これはあまり難しくはないと判断した。敵さんは無類の猫好きなのである。彼が外出ときは必ず近寄っていき、相手に擦り寄ったり、ちょいと話しかけたりすることを繰り返すだけで、親密度も高まり、当人攻略のミッションは完了("The mission was accomplished.")したのである。

■次に攻めるのは彼の子供たちである。上の女の子と下の男の子は攻めやすいが、真中の女の子は難しそうだった。なかなかペットに慣れない。どちらかというと、少々恐がりなのである。最大の難関は、彼の奥方の母親である。彼女がペットに関しては、絶対的な権限を持っている。しかし、彼女が、ペットには、いたってやさしい心の持ち主なのは、シロ君の扱いを見ていればよく分かるので、彼女の攻略も何とかなったのである。

■この家に関しては、気をつけなければならないことが一つある。それはこの家の敷地内で小便やクソをしたりしないことである。奥方が「くさい!」と言って毛嫌いするのである。シロ君など、うっかりこの家の敷地内でクソをしてしまい、二週間も出入れ差止めを食らってしまったくらいだから。私などは、シロ君と較べれば、頭の出来が全く違うから、初めから分かっているので、そんなドジなことは絶対にやらないし、全て作戦どおりにやるので、とうとう一ヶ月もたたないうちに、準家族並に、定期的にメシにありつく所までこぎつけた。しかし、家の中で寝る権利を獲得するまでには、それから、二ヶ月もかかり、牢人して半年後に、やっと主取りに成功したのである。

■マイ・ニュー・マスターは、通常、「先生」と呼ばれている。英語を教えたりもするので、「英語の先生」ということで、こう呼ばれるのだろうと想像するのだが、私も彼のことを「センセイ」と呼ぶことにした。

"It was sixteen years ago when I became the member of this family." センセイの家族の一員になったのは16年も前のことになる。 "We get old fast and our longevity is pretty short when compared to the human's." 猫は早く歳を取る。人間のように長生きはしない。"At least I'm not young anymore." 少なくとも若いという歳ではない。

■当時は長女が小学校六年生、次女が四年生、長男が2年生と、みんな二つ違い、奥方の母親が81歳。翌年、残念ながら亡くなられたが、亡くなられる少し前までは大変元気な方で、私はよく可愛がってもらった。奥方は平均的な教育ママで、子供たちに「お父様、お母様」と呼ばせていたくらいだから、高いプライドの持ち主である。

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