//我輩も猫である//

vol.006

・日本国のことば

■センセイに「お前も俺同様にリングイスト( "linguist" 言語学者)だ」と言われたときは、多少赤面したが、別に大学の先生でなくても、言語と言うものを研究する者ならリングイストといってもはばかりないとは思う。先生などは英語の発音のエキスパートだから "phonologist"フォノロジスト(音韻論者)と呼ばれてもいいかもしれないが、私は別に学者として成功しようとも思っていないし、もっとも、猫を教授に迎えてくれるような大学はどこにもないから、下手の横好きの部類で満足なのだが、言語というのは勉強しはじめたら面白くて、なかなかやめられないものである。

■この間、先生が出し抜けに "Hey, Charlie, how's your Japanese coming? You've been reading a lot lately." と言う。まあ、猫の一日は大変暇で、ほとんど何もやることがないから、他のやつらは居眠りばかりしているが、私は時間潰しに、センセイの本棚にある本を、片っ端から読んでいるだけなので、別に勉強しているわけでもないが、けっこう楽しんで読んでいる。

"Pretty good. I can read and speak it alright but the trouble is that I can't take notes or write it." All I can do is to keep'em in my head." と答えたのだが、読めたり、しゃべれたりしても、猫はノートをとったり、文を書いたりは出来ないから、頭に入れておくしか手がないのである。まあ「しゃべる」と言っても、センセイ以外は「ニャオ」としか聞き取ってもらえないから、しゃべることにはならないかも知れない。相手のしゃべることは、全部、分かるけれど、それだけでは「対話」にならないから、センセイだけが唯一の対話の相手ということになる。

■それにしても、猫の手は、なぜ、ペンも握れないようになっているのか不思議でしかたがない。なぜ、サルのような手を持っていないのか?サルみたいな手があれば、文字を書くことなど朝メシ前になるのだが、こんな手では「晩メシ前」でもダメである。神様は不公平だ!なぜサルと猫をこうも差別するのか?昔、農繁期になると「猫の手も借りたいほど忙しい」と言っていたというが、「まったく役に立たない猫の手でも借りなければならないほど忙しい」という意味なのだろう。しかし、センセイによると、最近はこういう表現はしないと言う。

■オームや九官鳥などは人間の言葉をしゃべれると言うが、あれはしゃべっているのではなくて、人間の声を、ごく短いセリフなら真似できるというだけで、自分で考えて言葉をしゃべったり、本当の意味で人間と対話が出来るわけではない。人間は、何とかして、動物(人間以外の)に言葉を教えようとして、長い間、チンパンジーやゴリラに、特殊なトレーニングを施しているが、サルが人間の言葉をしゃべりはじめたという話は、今だに聞いたことがない。人間の言葉がある程度理解できるようになるサルや犬はいるらしいが、私のように聞いて理解でき、同時にしゃべれたり、ましてや文字が読めるような動物はいないと思われている。

■猫の私が英語も日本語もちゃんとできることは(もっとも書くことは除外して)、センセイも極秘にしている。誰も信用しないだろうし、もしそんなことをまじめに言おうものなら "He's gone mad." と言われて、気狂いあつかいにされるだろう。だからセンセイはこのことを完全に秘密にしているのだ。もっとも、いくら私と英語でしゃべっても、日本語でしゃべっても、誰もおかしいとは思わない。人間はペットといつも話をしているからである。ペットばかりではなく、牛や馬とも同様にしゃべるのだから、傍目には、何も異常なことには見えない。猫は人間の言葉で「読み・聞き・しゃべりができるのだ」などと「まじめに」言ったりしなければ、OKなのである。

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