//我輩も猫である//

vol.011

・ナショナル・ディフェンス-2

"I won't say we had nothing but good intentions. The natives in this area were never regarded as our enemies except the Chinese and the Philippine guerillas. The Chinese 'kakyo' were the only ones fought against the Japanese forces in the South East Asia."我々は白人国の植民地に住む住人たちと戦争をしたのではない。イギリスの植民地経営の手先だった華僑とフィリピンのゲリラだけは別で、日本軍と戦ったが、国家としてまとまって戦ったのではないし、歴史に残るような戦果があったわけでもない。華僑のチャイニーズは、白人たちの買弁(comprador)として、現地住民を搾取することに手を貸していたので、地元の人たちからは、大変嫌われていたのだとセンセイは言う。

■センセイは大東亜戦争がはじまったころの生まれだから、いわゆる戦中派ではない。唯、満州で生まれ、敗戦から一年後の夏(summer 1946)に帰国したのだと言うから、多少、戦争体験はあるが、5歳前後までの経験だから、3〜4カットの写真のような記憶はあるが、ほとんどのことは覚えていないと言う。ここ10年くらい、チャイナに残された戦災孤児のことがテレビンなどで報道されているが、センセイも、「運が悪ければ今頃テレビに出ていたか知れない。俺は本当にラッキーだったんだ」と言っている。

■アメリカ(マッカーサー)の日本国民に対して行った "brainwashing"(洗脳)は強烈で、日本人の「玉抜き」が徹底的に行われた。アメリカ人が最も恐れたのは「日本人の復讐心」で、「次の戦争では必ずアメリカに勝つぞ」と思わせないようにすることが最優先された。言論統制(censorship)が徹底的に行われ、あの戦争を正当化(justify)するような発言や出版物は、厳しく取り締まられ、ラジオの番組などを通して「いかに日本が間違っていたか」とか、「戦前の日本を完璧に否定するような物の考え方」を全国民に宣撫(inculcate, 繰り返し教え込む)したのだ。だから、中学校の先生でも、生徒の前で、天皇陛下のことを「テンちゃん、テンちゃん」と平気で呼んだりしていたとセンセイが言う。戦前は、天皇制を含めて、すべてが間違っていたと言うのだ。天皇を「陛下」と称したりするだけで、非平和主義者、軍国主義者などとののしられたのだそうだ。

■しかし、センセイは中学生のころでも、すでに軍備・国防に関して興味を持っていたらしく、小説などでも戦争物、兵隊物をよく読んだらしく、階級名・階級章に関する知識をそのころから持っていたと言う。大学に入って米兵(GI)や米軍関係(特に従軍牧師たち)との付き合いがはじまると、英語の軍隊用語も沢山おぼえ、英語の小説も戦争物をよく読んだと言う。だから、素人としては、軍事関係の知識はかなりのレベルだったらしいのだ。

■山本七平氏の「ある異常体験者の偏見」という本で、七平氏自身の軍隊経験から得たすばらしい洞察(insight)が示されている。旧陸軍の兵員数は、最盛時で700万だったと言う。当時の人口の一割、今なら1200万人以上に相当すると言う。いかにお金がかかったか想像してみるといい。現在の日本の陸軍(陸上自衛隊と日本では呼ぶが、英語では Army = 陸軍である)は15万人、米国は200万人弱、チャイナは約300万人、北朝鮮は約100万人、ロシアも100万人以上である。700万人というと、持たせる鉄砲の数が足りなくて、銃も持たされない兵隊が沢山いたということで、これじゃあ、戦争に勝てるわけがない。そのぐらいは猫にも分かる。日本軍の兵器・車両・戦車は旧式のものが多く、不良品も多かったらしい。戦闘機(ゼロ戦のような)や軍艦などには一流のものもあったが、とにかく日本軍は「無い無い尽くし」だったらしい。無条件降伏当時(軍は無条件降伏したが、日本国自体は、条件をつけて降伏した)、戦爆特攻機などが約1000機あったらしいが、すでに燃料はゼロだったと言う。

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