//我輩も猫である//
vol.019
・クラスルーム・ティーチングは英語教育には向いていないのかも知れない-2
■猫は学校へ行かないけれど、ワン君たちは訓練学校に入れられるものもいる。警察犬、麻薬捜査犬、救難犬、盲導犬たちはかなりきびしいトレーニングを受ける。もっともワン君たちには、クラスルーム・ティーチングは行われないだろう。個人(犬?)指導ということになるから、彼らのことは人間様には適応しないだろうが、躾(ディサプリン)に関しては、結構参考になることがあるかもしれない。
■「アメ」と「ムチ」という古来より使われてきた方法もある。軍隊の教練などはあまり「アメ」を使わないで、もっぱら「ムチ」が使われるのかもしれないが、スポーツ選手を鍛えたりするときは「アメ」が結構使われる。特にプロ選手として大金を稼げる可能性のある野球、ゴルフ、サッカー、バスケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケー、テニスなどのようにプロになる道が敷かれている世界では、大金という「アメ」が目の前にぶらさがっているから、能力のある者には十分なモーティヴェイションとなる。発展途上国や旧共産圏の国々では、オリンピックでメダルを獲得すると、一生食べていける待遇があったり、高額な報奨金にありつけたりするから、大きなインセンティヴ(incentive 刺激、動機、奨励金)となる。
■英語をクラスルーム・ティーチングで習得させるのに「ムチ」を使うわけにはいかないので(センセイに言わせると、ちゃんとやらない者には「落第」とか「退学」とかいう「ムチ」も使えないではないが)、大抵は「アメ」を使うことになる。この「アメ」がどれだけ魅力的で、いかにおいしいかということになると、これはかなりむずかしい。まず、どの程度英語を習得すれば「アメ」にありつけるのかということがある。大金が稼げるほどのプロ野球選手のレベルが、オリンピックで金メダルを取れるレベルなのか、それとも甲子園にでれる程度の選手のレベルなのか、それとも草野球の選手のレベルなのか。この辺が重要なポイントなのだとセンセイも言うのだが、英語でもどこまで上達すれば「習得した」と呼んでいいのかは、意外と大事なことだと思う。
■英語がしゃべれるようになるといっても、ネイティヴ並なのか、政治や経済、ビジネスに関して、相手(かなり高いレベルの教養を持つネイティヴ)と互角に議論を戦わせることができるレベルの英語発話力を持つことなのか、それとも、単に日常会話ができる程度なのかである。話せるだけではなく、書く能力がどれだけあるかも重要なポイントなので、英語の習得度といっても千差万別である。
■「ムチ」は別として、「アメ」の方だが、英語の習得に対するインセンティヴ(報奨)やモウティヴェイション(動機)となる「アメ」とは、一体、どんなものなか。留学するためにTOEFLで五百五十点、六百点取りたいというのも一つのインセンティヴにはなるかも知れない。英語の専門家や言語学者になって大学で教えたいという人もいるだろう。読売新聞(平成一二年九月二十八日)によると、日本IBMでは「課長昇進にはTOEIC 英語検定で五百点以上、次長以上になるには七百三十点以上取得を条件とする」ということになったそうで、課長や次長になるというインセンティヴもあるだろう。こうなると「アメ」なのか「ムチ」なのか分からなくなってしまう。
■センセイに言わせると、個人的に指導している弟子たちは、モウティヴェイションは問題ないのだそうで、各人、本当にうまくなりたいからセンセイのもとで「発音の習得」からはじめている。あとはどれだけ練習するかという「量」の多少によって上達の度合いが決まるのだと言う。もっとも個人差はあるから、全員が最高のレベルに到達するというわけにはいかないが、クラスルーム・ティーチングとはくらべものにならないくらい、到達度、習得度が違うのだと言うのである。いかに学校と名のつく場所で、多数を対象にして教えることがむずかしいかは、猫の私でも少しは分かるような気がする。世界中の英語教育にかかわっている学者達が、未だに万能薬(panacea、cure-all、elixir)と呼べるような英語教授法をあみだしていないところをみると、英語を教えるということは大変なのだなあと思い、「センセイ、ご苦労さま」と言いたくなるのである。
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