我が英語渡世

第一章 ニューヨークは第二の故郷(ふるさと)

5- コピーで勝負するアメリカの広告

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 ニューヨークでAEをしていると、毎日が言葉との格闘だ。普段の会話でも言葉は厳密に正しく使わなければならない。ましてや仕事の時はなおさらで、各々の単語の意味を間違って使ったり、あいまいに使おうものなら、そこをつかれて、大変なことにもなりかねない。

 この点では外国人だからといっても、簡単に許してはくれない。社内でもそうだから、クライアントと話をする時は、一語一句選んでしゃべる。ボスのボッブ・クライアーなどはアーノルド会長の前に出ると大変緊張して、言葉ばかりではなく、内容的にも間違った答をしないように最大の注意を払っていた。

 言葉の使い方で相手のインテリジェンスをおしはかる傾向がトップ企業人にはあり、変なボロを出すと、会社に電話がかかってきて、あいつはダメだと言われる。そうなると確実に二週間後には首になる。広告代理店には労働組合などないから、首を宣告されると翌日から失業者なのである。

 相手の言葉尻をとらえて、そこを追及することはいさぎよいことではないと日本では思われている。いわゆる「揚げ足を取る」ということで、辞書には「人の言葉尻や言い誤りをとらえて、なじったり皮肉を言ったりすること」の意味で、よくないことである。表現が下手でも、間違っていても、相手の真意を汲み取ってやることが人の道と日本人は思う。

 しかし、多人種、多宗教、多言語の国、アメリカでは、日本のような「以心伝心によるコミュニケーション」などは存在しない。上智大学のグレゴリー・クラーク教授が著書『ユニークな日本人』の中で書いているように、「腹芸や以心伝心」は彼等欧米人には「まったくつかめないもの」なのである。

 欧米人に対し以心伝心流のやりとりをすると、大変失礼なことになる。「私の話を全部聞かないで、内容がわかることなどありえない」ということになる。したがって、人の話をよく聞くことも必要だし、同時に聞きたくないと思っている相手にでも、いかに自分の話を聞かせるかというコツの習得も大事になってくる。

 日本人はどうも言葉で自分の考えを正確に相手に伝えるのが苦手らしい。はっきり言葉で表現すると「角(かど)が立つ」と思っている。だからなるべくあいまいな表現を使う。要点をつかないで核心をぼかすと、「含蓄のある表現だ」などといって喜ぶ。

 日本語が漢字という表意文字を使うことから、こういうことが起こると考えられる。漢字で言葉を作ると、本来の定義を知らなくとも、その言葉を構成する漢字の意味が少しでも分ると、その言葉が理解できた気になれる。ある程度推測がつく。しかし、表音文字の仮名やカタカナを使うと推測する要素がないから、まったくわからないということになる。英語は表音文字しか使わないので、各語の定義を覚えないと相手とコミュニケーションができない。したがって、英語国民は言葉の定義を重要視する。すべての単語の定義をあいまいにして使うと、あっちこっちで混乱が起きて、言葉がコミュニケーションの手段の役を果さなくなる。

 日本では「不言実行」をよしとする傾向が強い。反対に欧米では「有言実行」を重要視する。ここが大きな違いと言えるだろう。

 広告の世界でも日米間に大きな違いがある。例えば、アメリカではコピーが広告の生命(いのち)だが、日本ではヴィジュアル(絵柄(えがら))が重要で、コピーの重要度はアメリカと比較するとかなり低い。

 アメリカではプリント広告、TVコマーシャル、ラジオのコマーシャルの制作はすべてコピーを書くことから始める。なぜかというと、極論かも知れないが、「人間は言葉によってのみ説得される」と思っているからだ。

 ムードとかイメージで説得できるとは考えない。言葉の方がより有効で、しかも、相手の理性にうったえる。だから広告も消費者の理性にうったえるようなものが多く制作される。相手の理性に合致するようなメッセージがコピーとして書かれるのである。しかしながら、応々にして、理性が相手の打算・損得勘定にすりかわり、これを満足させるコピーの氾濫となる。

 こういうわけだから、TVコマーシャルの制作でも、まずコピーが書かれる。TVコマーシャルの場合、ヴィジュアルのコンセプトもコピーライターの手になるものが多く、これも絵柄にする前に文章で表現され、クライアントに提示される。クライアントによってコピーやコンセプトが承認されると、ストーリー・ボードの制作が始まる。この段階では、アート・ディレクター、プロデューサーの細部にわたる意見が取り入れられ、ストーリー・ボードが完成し、制作見積と共に再度、クライアントにプレゼンテイションが行なわれる。

 プリント広告の場合も同じく、コピーが最初に書かれる。しかし、コピーライターが単独で考えるのではなく、いつもアート・ディレクターとの共同作業だから、ヴィジュアルが無視されることはない。コピーが書き上がると、クライアントのチェックを受けて、レイアウトが描かれ、再度、クライアントに見せる。それでOKが出ると、制作にかかる。

 アメリカのアート・ディレクターには絵の下手な奴が多く、私よりも下手な絵しか描けない者もかなりいた。レイアウトの絵があまり下手だと、クライアントに見せる時は大変気がひける。だから、もう少していねいに描くよう要請するのだが、相変らずひどい絵ばかり描く奴もいた。絵が上手(うまい)か下手(へた)かはアート・ディレクターの能力には関係ないと言う。きれいな絵が欲しいなら、それをフィニッシュの専門家に描かせればいいと言う。確かに優秀なアート・ディレクターやクリエイティヴ・ディレクター―アート・ディレクターよりもひとランク上の地位で、多くのクリエイティヴ・ディレクターは副社長の肩書を持っていた―は、絵の下手な者が多かったから不思議である。

 日本では下手な絵など描いてクライアントに持って行こうものなら、たたき返されるのがおちである。アメリカとは反対に、日本ではコピーよりもヴィジュアルの方が重要なのである。テレビ・コマーシャルの制作でも、ヴィジュアル(この場合はストーリー・ボード)ができあがり、それからコピーを書き込むという具合に順序が逆になるぐらいだから、コピーはつけたし(、、、、)ということになる。

 日本人はエモーショナル(情緒的)だと前出のクラーク教授は言う。日本人社会は「原則よりもムード」だと言う。日本の消費者はイメージやムードに弱いことは誰でも知っている。日本人はブランド指向が強いと言う。これらの表現は、日本人の価値基準が情緒をどれだけ満足させるかという点にあることを示しているのである。したがって、品質・性能の良さよりも先に、ブランドのイメージで商品を買う傾向が強い。品質を無視しているのではないことは言うまでもないが、イメージが非常に重要だということである。

 欧米の社会は原則関係社会だと言われるように、理詰めで物事を決断する習慣が強い。広告でも、「何故この商品が良いのか」ということを理詰めで追及するものが必然的に多くなる。このようなタイプの広告を「ハード・セル」と呼ぶ。反対に相手の感情にうったえるようなタイプの広告を「ソフト・セル」と呼ぶ。アメリカでテレビを見ると、ほとんどがこのハード・セル・コマーシャルで、日本のコマーシャルは反対に、大半がソフト・セル・コマーシャルである。ここに両国の文化の違いがでてくる。

 十三年前に帰国して、まず第一に気付いたのがこの違いだった。ハード・セルに慣れていた私には、TVコマーシャルを見ても、商品特性を何も説明しないものが多いので、日本人は広告のイロハを知らないのかと、感違いをしたぐらいだった。前述のことに気付いたのはもう少し後になってのことで、確信を持ってそれを人に言えるようになったのは、比較文化論を少し勉強してからである。

 日本では理屈っぽいことは嫌がられる。ハード・セル的な広告は、だから日本の消費者にはアピールしない。広告はいいイメージを与えなければならない。商品の説明は少ないほど良い。イメージをよくするためには少々お金がかかってもよいということになり、最高に良いイメージを持った世界的に有名な映画俳優に大金をはたいてコマーシャルにでてもらうようになる。

 アラン・ドロン、ソフィア・ローレン、ポール・ニューマン、ショーン・コネリー等、名前をあげるときりがないほど世界的な有名人がTVコマーシャルに使われる。日本人の俳優、野球の選手、ジャリタレなどがコマーシャルに使われるのも、ブランドのイメージ作りのためである。しかし、大変コストの高いものになる。だから、日本の広告費は世界的にも多額になる。広告の値段はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌のいかんを問わず高い。アメリカよりもずっと高いと思う。媒体も高いが、制作費もべらぼうに高い。良いイメージを作るには大金がかかるのである。

 有名人がコマーシャルに出演して、商品を片手に宣伝する形態は、初期のアメリカ広告界ではポピュラーな方法だった。エンドースメント・タイプの広告と呼ばれ、一時流行したが、すぐにすたれてしまったそうだ。その人物に好意を持っている人たちにしか商品が売れないので、あまりエンドースメント広告は行なわれなくなったという。私が覚えている限り、このタイプで最高にお金のかかったコマーシャルは、バッドワイザー・ビールがフランク・シナトラを使ったものだろう。

 アメリカの広告主なら、制作費に大金を使うぐらいなら、その分、余計に媒体を買った方が有効だと判断するのである。そこが日本とアメリカの物の考え方の違いなのである。

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