我が英語渡世
第一章 ニューヨークは第二の故郷(ふるさと)
5- コピーで勝負するアメリカの広告-2
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広告の世界でも日米間に大きな違いがある。例えば、アメリカではコピーが広告の生命(いのち)だが、日本ではヴィジュアル(絵柄(えがら))が重要で、コピーの重要度はアメリカと比較するとかなり低い。
アメリカではプリント広告、TVコマーシャル、ラジオのコマーシャルの制作はすべてコピーを書くことから始める。なぜかというと、極論かも知れないが、「人間は言葉によってのみ説得される」と思っているからだ。
ムードとかイメージで説得できるとは考えない。言葉の方がより有効で、しかも、相手の理性にうったえる。だから広告も消費者の理性にうったえるようなものが多く制作される。相手の理性に合致するようなメッセージがコピーとして書かれるのである。しかしながら、応々にして、理性が相手の打算・損得勘定にすりかわり、これを満足させるコピーの氾濫となる。
こういうわけだから、TVコマーシャルの制作でも、まずコピーが書かれる。TVコマーシャルの場合、ヴィジュアルのコンセプトもコピーライターの手になるものが多く、これも絵柄にする前に文章で表現され、クライアントに提示される。クライアントによってコピーやコンセプトが承認されると、ストーリー・ボードの制作が始まる。この段階では、アート・ディレクター、プロデューサーの細部にわたる意見が取り入れられ、ストーリー・ボードが完成し、制作見積と共に再度、クライアントにプレゼンテイションが行なわれる。
プリント広告の場合も同じく、コピーが最初に書かれる。しかし、コピーライターが単独で考えるのではなく、いつもアート・ディレクターとの共同作業だから、ヴィジュアルが無視されることはない。コピーが書き上がると、クライアントのチェックを受けて、レイアウトが描かれ、再度、クライアントに見せる。それでOKが出ると、制作にかかる。
アメリカのアート・ディレクターには絵の下手な奴が多く、私よりも下手な絵しか描けない者もかなりいた。レイアウトの絵があまり下手だと、クライアントに見せる時は大変気がひける。だから、もう少していねいに描くよう要請するのだが、相変らずひどい絵ばかり描く奴もいた。絵が上手(うまい)か下手(へた)かはアート・ディレクターの能力には関係ないと言う。きれいな絵が欲しいなら、それをフィニッシュの専門家に描かせればいいと言う。確かに優秀なアート・ディレクターやクリエイティヴ・ディレクター―アート・ディレクターよりもひとランク上の地位で、多くのクリエイティヴ・ディレクターは副社長の肩書を持っていた―は、絵の下手な者が多かったから不思議である。
日本では下手な絵など描いてクライアントに持って行こうものなら、たたき返されるのがおちである。アメリカとは反対に、日本ではコピーよりもヴィジュアルの方が重要なのである。テレビ・コマーシャルの制作でも、ヴィジュアル(この場合はストーリー・ボード)ができあがり、それからコピーを書き込むという具合に順序が逆になるぐらいだから、コピーはつけたし(、、、、)ということになる。
日本人はエモーショナル(情緒的)だと前出のクラーク教授は言う。日本人社会は「原則よりもムード」だと言う。日本の消費者はイメージやムードに弱いことは誰でも知っている。日本人はブランド指向が強いと言う。これらの表現は、日本人の価値基準が情緒をどれだけ満足させるかという点にあることを示しているのである。したがって、品質・性能の良さよりも先に、ブランドのイメージで商品を買う傾向が強い。品質を無視しているのではないことは言うまでもないが、イメージが非常に重要だということである。
欧米の社会は原則関係社会だと言われるように、理詰めで物事を決断する習慣が強い。広告でも、「何故この商品が良いのか」ということを理詰めで追及するものが必然的に多くなる。このようなタイプの広告を「ハード・セル」と呼ぶ。反対に相手の感情にうったえるようなタイプの広告を「ソフト・セル」と呼ぶ。アメリカでテレビを見ると、ほとんどがこのハード・セル・コマーシャルで、日本のコマーシャルは反対に、大半がソフト・セル・コマーシャルである。ここに両国の文化の違いがでてくる。
十三年前に帰国して、まず第一に気付いたのがこの違いだった。ハード・セルに慣れていた私には、TVコマーシャルを見ても、商品特性を何も説明しないものが多いので、日本人は広告のイロハを知らないのかと、感違いをしたぐらいだった。前述のことに気付いたのはもう少し後になってのことで、確信を持ってそれを人に言えるようになったのは、比較文化論を少し勉強してからである。
日本では理屈っぽいことは嫌がられる。ハード・セル的な広告は、だから日本の消費者にはアピールしない。広告はいいイメージを与えなければならない。商品の説明は少ないほど良い。イメージをよくするためには少々お金がかかってもよいということになり、最高に良いイメージを持った世界的に有名な映画俳優に大金をはたいてコマーシャルにでてもらうようになる。
アラン・ドロン、ソフィア・ローレン、ポール・ニューマン、ショーン・コネリー等、名前をあげるときりがないほど世界的な有名人がTVコマーシャルに使われる。日本人の俳優、野球の選手、ジャリタレなどがコマーシャルに使われるのも、ブランドのイメージ作りのためである。しかし、大変コストの高いものになる。だから、日本の広告費は世界的にも多額になる。広告の値段はテレビ、ラジオ、新聞、雑誌のいかんを問わず高い。アメリカよりもずっと高いと思う。媒体も高いが、制作費もべらぼうに高い。良いイメージを作るには大金がかかるのである。
有名人がコマーシャルに出演して、商品を片手に宣伝する形態は、初期のアメリカ広告界ではポピュラーな方法だった。エンドースメント・タイプの広告と呼ばれ、一時流行したが、すぐにすたれてしまったそうだ。その人物に好意を持っている人たちにしか商品が売れないので、あまりエンドースメント広告は行なわれなくなったという。私が覚えている限り、このタイプで最高にお金のかかったコマーシャルは、バッドワイザー・ビールがフランク・シナトラを使ったものだろう。
アメリカの広告主なら、制作費に大金を使うぐらいなら、その分、余計に媒体を買った方が有効だと判断するのである。そこが日本とアメリカの物の考え方の違いなのである。
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