我が英語渡世

第二章 ニューヨークの素敵な仲間たち

11-アフター・ファイブは横との付き合い

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  MJ&A社のすぐ近くに「ラタジー」というイタリア料理屋があった。ラタジーは四十八丁目の通りの五番街とマディソン街の中間にあった。マディソン街の住人、広告マンたちの溜り場の一つで、大変混む店だったが、残念ながら、三年ちょっと前にビルとりこわしのため閉店してしまった。

 経営者ディック・ラタジーの名前をつけたこの店は、入口を入るとすぐ左側がカウンターのバーになっており、奥がレストランになっている。マネジャーは小男のイタリア系のダンディーな男で名前はピーター、バーテンはマリオ、ほとんど声がでないほど声帯がつぶれていた。丁度、ジェシー高見山のような声の持ち主だった。

 私の好物はリングイーニ・クラム・ソースで、太目の腰の強い麺(リングイーニ)とガーリックのよくきいたクラム・ソースの取り合わせは、今でも思い出すたびによだれが出てくるぐらいだ。ラタジーのバーは五時すぎにはもういっぱいで、みんな肩をすり寄せるようにして立って飲んでいた。こういう満員電車のような状態が七時頃まで続く。カウンターの椅子に座るのはたいてい女性で、男たちは立って飲むのである。

 ラタジーの常連は、私のアフター・ファイヴ(五時以後)の仲間である。広告マン、テレビ局、雑誌社、弁護士、新聞記者等が毎日のように五時すぎると集まってくる。一杯やりなから、ジョークをとばしたり、政治、経済、音楽、演劇、ビジネスの話をする。とにかく議論好きな連中ばかりだから、話は面白い。

 ラタジーの常連ナンバー・ワンはニール・モンローだ。太目で小柄の彼女は、長い間NBCに勤めていた典型的なNBCガール。何が典型なのか私にはわからないが、とにかく彼女はそう自称していた。彼女の夫のサム・モンローもNBCの音郷専門家で、ウォルト・ディズニーによく似たチョビひげのがっしりした体格の持ち主で、紳士であった。ニールはにぎやかな明るい性格で、ニューヨークでは一番仲のよい親友である。

 ここの常連には、ロンドン・タイムズの記者で日本の根付(ねつけ)(江戸時代のタバコ入れ用のかざり)を熱心に集めていた某(名前がどうしても思い出せない)、離婚専門の弁護士のエド・サリバン、サリバンの別居中の女房のトニー、サリバンが同棲中のガール・フレンド、電通でコピー・ライターをやっていたボッブ・ストーン(彼は好人物だがアル中で亡くなった)等々多くの友人たちがいた。

 我々は日課のごとくラタジーに集まり、顔つきあわせて、ワイワイガヤガヤ、とにかくみんなよくしゃべる。日本人は私ぐらいで、他はほとんど白人連中、黒人の常連はほとんどいなかった。

 みんな話題には事欠かないから、誰が昇進したとか、どこの代理店に移ったとか、はたまた、ボートからハドソン河へ落ちたら病院へ三日間も隔離されたとか、毎日おしゃべりコンテストである。

 ただし、全員が参加者だから審査員はいない。弁護士のエド・サリバンなどは、どこで仕入れてくるのか、毎日のように新しいジョークを語り、みんなを笑わせる。私もよくしゃべった方だが、ジョークだけはタネ無しだから彼等にはかなわない。もっぱら聞き かりまわっていた。

 ニールやサリバンたちとよくやったゲームがライヤーズ・ポーカー(うそつきポーカー)だった。このゲームは一ドル紙幣に印刷されている八桁の一から九までの数字とゼロの番号をトランプの札(数字のカード)とみなして行なうポーカー・ゲームで、人数が多いほど面白い。一はエースでゼロは十の数、一の数がエースだから一番強い。ワン・ペアー、スリー・カード、フォー・カードという風に役は高くなっていくが、ストレート、フラッシュ、フルハウスなどの役はないから単純なゲームである。

 ライアーズ・ポーカーが始まると、たいてい遅くなり、十時半のかんばん(、、、、)時間までやることになる。七、八人でやってもあまり大きな金額が動くわけでもないので(勝っても五十ドルぐらいか)、フレンドリー・ゲームである。

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