我が英語渡世
第二章 ニューヨークの素敵な仲間たち
21-日米間におけるビジネス観の違い
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ボルチモア・オリオールズ対広島・東洋カープの日米決戦が昭和五十九年十月二十七日に開幕し、第一戦は広島カープが一対〇で快勝した。
同夜のテレビ番組で、メージャー・リーグのコーチとして渡米していた武上元監督(ヤクルト・スワローズ)が、両国における野球観の違いについて語っていたが、ビジネスの世界でも同様の違いがあると感じた。
「日本では野球を団体競技だと思っているが、アメリカでは個人競技だと言っている」と、武上氏は話していた。
「投手と打者が相対する時は、個人対個人の対決で(、、、、、、、、)、他の選手たちは、この対決の瞬間、野球という舞台の背景(投手・打者以外の構成部分)でしかない」と言う。
各選手の役割はそれぞれの機能によって違い、各人きめられたポジションを守る。各選手はそれぞれ「個人プレー」をするのである。選手一人一人がしっかり個人プレーをすれば、チームに勝利をもたらすと考えている。ちゃんと期待通りに機能できれば、高給が得られ、機能しなければ、機能する者にそのポジションと高額な年俸を奪われる。
だから、優秀な個人プレーヤーになるためには、練習も各々自分のメニューで取り組む。あくまでも個人の問題としてとらえるから、日本のように球団の押しつけはない。練習のスケジュールもその中味も選手が自分できめて、コーチは彼等のスケジュールに従ってトレーニングを行なうのだそうだ。
打てないのも、打たれるのも、それぞれ選手自身の問題なのである。打てない打者、打たれた投手を使って試合に負ければ、それは監督の責任である。プロ野球のチームは「機能集団」なのである。
実力のある選手は高額の年俸を取り、そうでない選手はそれなりの年俸しかもらえない。そこは年功序列などのありえない世界であり、実力だけがものをいうのである。
しかし、日本ではプロ野球のチームにも、この年功序列が存在する。読売ジャイアンツには球団編成以来、年功序列が存在すると言われている。王監督が現役の選手の頃、いくら良い成績を残しても最高のエリート、長島茂雄の年俸を越えることはなかった。現在でも江川卓投手がそうだと言う。
他の球団もこれと同じような年功序列を取り入れている。その理由は勝利を目的とした機能集団であるべき球団が、日本では運命共同体となってしまうからである。共同体は「和」を重んじ、「個人プレー」は「和」をくずすとして嫌われる。そのため、年功序列というひとつの原則が必要になってくるのである。
プロ野球の世界では、まだ、実力主義の要素が多分に残っているが、ビジネス、特にビッグ・ビジネスの世界では、企業体内の「和」が最優先する。利潤の追求という企業の資本主義的目標を達成するために機能するはずの組織でも、日本では共同体として機能するため、個人プレーは嫌われ、「実力主義の推進」というお題目をいくらとなえても、実際には実力主義など存在しない。
アメリカが個人主義的な社会であると言われていることは、大抵の日本人が知っている。だが、具体的にどういうことが個人主義的なのか答えられる人は少ない、利己主義的なこととは違うのである。
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