私の担当していたアーノルド・ベーカーズ社は、当時では珍しくなっていた「生のTVコマーシャル」を、WABCの天気予報の時間に流していた。月〜金の週五日間、毎日午後六時と十時から始まる「テックス・アントワン・アンク・ウェザビー・ショー」に六十秒の生コマーシャルを流す。リハーサルは五時頃から始まるので、プロデューサーは五時前にはWABCのスタジオに入らなければならない。我々営業の人間も時々はスタジオにやってきて、この生コマーシャルのフォローをしなければならないから、外へ出るにはいい口実になった。

生のTVコマーシャルはすでに時代遅れになっていたから、大変珍しく、私には大変いい勉強になった。六十秒のストレート・スタンド・アップ・コマーシャルだから、大げさなセットもいらない。カメラ三台を使うだけの単純なものだが、内容がしょっちゅう変るから、プロデューサーは大変である。だから、ストーリー・ボードなど作らない。ストーリー・ボードとは主なコマに絵を入れてわかりやすくしたものだが、生コマーシャルの場合はタイプされたコピーだけでやる。もちろんコピーにはヴィジュアルに関する指示は言葉で書いてある。
生のTVコマーシャルの利点は、いつでもコピーを変えることができ、毎日、違った商品の広告ができることである。最初の四十五秒間をメイン・テーマに使い、残り十五秒のタッグ(しっぽの部分)でいろいろな種類のパンを広告する。この十五秒タッグがなかなかわずらわしい。しかし、日本のように十五秒のスポットが単独で放映されることは今でもない。スポットは三十秒ときまっていた。六十秒のコマーシャルが番組買の場合に使われていたが、現在では六十秒のコマーシャルは使われていない。全部三十秒ものになったようである。
「テックス・アントワン・アンク・ウェザビー・ショー」はかなり長く続いた天気予報の番組で、テックスはミッチ・ミラーによく似た顔立ちの男で、このショーにはウェザー・ガール(天気予報女性アナウンサー)としてグロリア・オーカンが出演していた。アーノルド・ベーカーズ社はグロリアと専属契約を結んでいたのである。
グロリア・オーカンは三十代後半の目のパッチリした美人で、丁度、漫画のベティーさんとドリス・デイをたして二で割ったような顔立ちの女性だった。しかし、寄るとしなみ(、、、、)には勝てず、この頃は、さすがの美人も●の肉が少々たれさがり気味で、照明の技術で(照明によって●に影をつけ、●の部分が多少細目に見えるようにする)それを隠さなければならなくなっていた。そのため、彼女は年中、照明に対してうるさく言っていた。
彼女を画面に出す時は上半身だけで、絶対に脚は見せない。俗にいう大根足だからで、できるだけ顔を写す。その上、手を写す時はハンド・モデルを使う。どうしても商品を手に取ってアップで撮(と)る機会が多いので、手専門のモデルを使わなければならない。
美人といえども、頭のてっぺんからつま先まで全て良しという人は少ない。映画女優でもそう沢山はいない。必然的に自分の最も自信のある部分で売るのである。グローリア・オーカンの場合はそれが目であった。さすがに大きなきれいな目だった。そこだけは我々みんな異存なく認めていた。
生のTVコマーシャルを毎日放映するのだから、我々はいつも時間と競争していた。しかし、人間誰しもカゼぐらいはひく。こういう時は仕方ないから、普通のコマーシャルを流す。
広告する商品やテーマが頻繁に変ると、プロデューサーもコピー・ライターもAEも全員泣くことになる。コピーはいちいちクライアントのOKを取らなければならないし、画面に出す商品もその都度クライアントの工場へ取りに行かなければならない。本社工場はグリニッチ(隣りのコネチカット州)にあるのだが、車でも約一時間位はかかる。私などはこのサンプル調達やコピーのOKを取るために電車でグリニッチに行かされた。半日仕事である。
ある時、一週間ほど、ドリス・トーバン(プロデューサー)もボッブ・クライアーもロケで出張してしまったから、この番組のフォローは私がコピー・ライターのボッブ・ウィッドマンと二人でカバーしなければならなくなった。。
局の連中に言わせると「初日にはかならず何か起こる」のだそうで、予告通りのことが起こった。リハーサルの時はうまく行って、何も問題なかったのだが、本番になると、ジングル(日本ではコマソンと呼ぶ)が機械の故障で音が出ない。ジングルなしのコマーシャルになってしまった。たまたまアーノルド会長夫妻はこれを見ていなかったから良かったものの、冷汗ものだった。