私が入った頃、WW&B社は年間売り上げが五千万ドルぐらいであったが、徐々にアカウントを他社に取られて、最後は三千万ドルぐらいに減っていた。広告業界では代理店の売り上げのことをビリング(請求書を出す時の金額という意味)と言う。ビリングが降下しはじめると雪崩(なだれ)現象が起こる。どこのスポンサーも、落目の広告代理店など必要ないのである。
WW&B社も、私の入社一年後には業界十二、三位のマクマナス・ジョン・アンド・アダムス社に身売りすることになった。それまでの一年間にも、アカウントを失うたびに、かなりの数の社員が首になっていた。
首になる連中のためにオフィス・パーティーが頻繁に行なわれる。去っていく人たちも若い人たちには悲愴感はないが、五十歳以上の人たちには気の毒であった。
大きいアカウントが他社に移ると、十人以上の首がとぶ。そのかわり、大きなアカウントを獲得した代理店はばたばたと人を雇い入れる。だが、どういうものか、首にする人数と雇い入れる人数では倍以上の差があった。もちろん、首を切られる人数の方が多いのである。
私のいた頃は(今はどうか知らないが)広告業界に労働組合などは一切ない。まったくの自由競争社会である。出世するのも早いが、この世界から脱落して行く人たちも多い。日本のように組合がある国では考えられない厳しさがあり、私のまわりは刺激で一杯だった。
入社して一年もたつと、方々の広告代理店に、同じ釜の飯を食った仲間が散らぱり、会うたびにお互いの情報交換が行なわれる。機密に関することは別にして、どこの代理店で人を探しているとか、誰それが近々やめるので空ができるとか、誰が社長になって年俸が十万ドルになったとか。
タイム・ライフ・ビルから、マディソン街と四十九丁目の通りの角にある新築一年ぐらいしかたっていないITTのビルの二十三階に移った時は、人数は半分以下に減っていた。
吸収合併というと聞こえはよいが、大株主で会長のウォールター・ウイアーが会社を身売りしただけで、彼はMJ&A社に副会長として参加し、決して損はしなかった。資本家とはこういうもので、みんな当り前だと思っていた。日本ではこううまくは行かない。多分、本人も会社と一緒に沈没していくだろう。
私は運よく合併先に拾われたが、合併の際に首になった連中は大変だった。若い人たちは二、三カ月のうちに他の代理店にもぐり込めるが、四十代、五十代の連中はまず半年は失業する。地位が上の給料の高い連中の中には、一年以上失業する人もいる。高給を出すポジションは、すぐ見付からにはないからである。なかにはショックで死ぬやつもでてくる。