英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.23
著者 杉本 宣昭 
第三章 セールス、セールス、セールス
就職しても最初の会社は二年でやめろというステルマーカー教授

ハワイ大学はホノルル市に本校があり、そこはマノア・ヴァリーと呼ばれる谷間(たにあい)で、雨がよく降り、そのため美しい虹がよく見られるので有名な場所である。

 そこには、日本の庭園もあるし、芝の緑と美しい花にとりかこまれた、まことに居心地の良い大学だ。

 私は、この大学で二年半を過したのだが、今でもこの大学を選んで本当によかったと思っている。

 当時でも一万六千人ほどの学生がいた。ロー・スクールとメディカル・スクールはまだ設置されていなかったが、総合大学である。ロー・スクール(弁護士や判事を養成する大学院に相当する三年制の法学部で、大学の学部卒のうち、成績の優秀な者だけが入学許可される大学)は、約十年前に設置された。メディカル・スクール(医学部)も六十年代にはなかったから、七十年代に新設されたのだろう。

 教授陣もほどほど揃っていた。

 英語の発音がひどく、朝鮮語訛りなので、講義がさっばりわからないので有名だった韓国出身の経済学の教授、レポートや試験の答案の採点をするのに、文法の間違いやミス・スベリング(誤字)などを神経質に一点ずつ引いていた嫌味な某教授、美人のフランス語の講師など、印象深い先生が沢山いた。その中でも、特に忘れることのできない先生が、ステルマーカー教授である。

 ステルマーカー教授はマーケティング担当の五十代前半の教授で、ハワイ留学中、私は非常に可愛いがってもらい、先生のクラスはほとんどAをもらったと記憶している。ハワイ大学の教授陣の中で最も目立つ存在だった。もっとも学問的に認められ目立ったというのではない。

 教授はテキサス州ダラス生まれのドイツ系で、プラチナ・ブロンドの金髪(金色ではなく白金色)、顔は同色のひげにおおわれ、トレード・マークの赤のアロハ・シャツにバーミューダ・ショーツ、膝まである赤のソックスに白のスニーカーといういでたちだったから、それだけで目立った。アロハ・ステートと通称するハワイでも、これは目立った。広告業界出身で毒舌であったことも、ステルマーカー教授をユニークにさせたもう一つの原因である。

 ステルマーカー教授に可愛いがられた理由の一つは、よく発言したことだった。先生のクラスは採点の基準が発言力(口頭での発表力)にあり、いくら筆記試験が良く出来ても発言しない学生は、Cかそれ以下の点数しかもらえない。

 ハワイの日系人学生は本土から来ている白人、日系人たちよりもおとなしく、クラスで発言しない人が多かった。特に白人に較べると、あたかも日本人特有のハニカミが血に流れているかのごとく寡黙であった。

 どうも人前で話をするのが恥ずかしいらしい。本土出身の日系人は白人連中のようによく発言したから、別に血の問題ではないのだろうが。とにかく先生は発言しない学生には良い点を与えないが、積極的に発言する学生には内容にかかわらず良い点をやると言う。

 だから私は出来るだけ手を上げ、発言をするように心掛けたのである。他の学科と違い専門科目のマーケティングは興味もあったので、勉強に力が入ったのはいうまでもない。ある日、教授がクラス全員にこう言った。

「このクラスに、私におとらないほど口数の多い学生がいる。ジャパニーズだが地元の二世や三世ではない。日本からきた留学生だ。日系の学生は口数が少ないのはみなも知っている通りだが、英語が自国語でない日本人の留学生ならもっと口数が少なくても当り前だが、杉本君は非常によく発言する。みんなも彼をみならって……」と大いに誉められ、面目躍如、未だによく記憶している。

 教授は実業界からアカデミックな世界に入った人だから、よく実戦的教訓を我々に与えてくれた。

「卒業して就職したら、膝までの長い靴下をはけ。短かいのはだめだ。色は青か黒だ。短かいソックスをはいて、それがたるんだところを上の人に見られたりしたら出世しないぞ。ビジネスの世界では靴下のたるんだ奴はダメな社員だということになっている」

「君たちの中には、この学期が終わると卒業する者がかなりいるが、卒業して就職しても、最初の会社はかならず二年でやめろ(、、、)!」といわれる。我々はあっけにとられて、口をぽかんと開けていると、続けてこう言うのであった。

「君たちの年齢で自分のやりたい仕事、一生の仕事が何かなどわかるわけがない。自分にとってやりがいのある仕事など、なかなか見分けられるものではない。一生不本意な仕事をするやつはバカだ。とにかく、最初の会社は、どんなに給料がよく、将来をいくら約束されようが、自分が本当に気に入ったとしても、絶対二年でやめろ。居心地がよいといって、最初の会社に少しでも長くいると、本当にやりたい仕事ができなくなる。自分にピッタリ合った会社を見付けるチャンスを失なう」

 日本の大学教授がこういうことを冗談にでも言おうものなら(いくら同様の考えを持っていても)、日本の社会全体から袋だたきにあって、簀(す)の子(こ)に巻かれて、大川へたたき込まれるのがおちだろう。こんなことは筋金入りの反体制的人間でもおおっぴらには言えないだろう。これは日本社会のしくみをくつがえすような「革命的な発想」だからである。

 アメリカ人の学生にとっても「最初の会社は二年でやめろ」という考えは、かなりショックだった。私にとっても大変ショックだったが、教授のこの言葉は今でも私の心の奥に刻みこまれている。自分が本当にやりたい職業、本当に勤めたい会社など簡単にわかるものではない。

 私などは修業が足りないからなおさらで、未だに「本当にやりたい仕事は何か?」というと、おぼろげにしかわかっていない。ましてや「何ができるか」ということになると、仕事の範囲はぐんぐん狭(せば)まってくる。


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