日本語でセールスマンというと、デパートや小売店の売子は範ちゅうに入らないだろう。セールスマンという言葉は、日本では訪問販売にたずさわる人たちを指すことが多く、どうも「押し売り的なセールスにたずさわる人」というニュアンスが含まれるように思える。
商社の営業マン、銀行や重工業、重電メーカーの営業マンなどは通常「営業」と呼び、セールスマンとは呼ばないのが普通である。しかし、証券会社などでは、給料をもらう社員は営業マンと呼び、コミッション制の外務員のことはセールスマンと呼んで、前者を決してセールスマンとは呼ばない。保険会社も同様で、社員は営業マンで、外交をするコミッション制の人たちはセールスマンと呼ばれる。
食品、医薬品、トイレットリー・グッズ(せっけん、歯みがき、シャンプー、リンス、生理用品、トイレット・ペーパー等)、化粧品、洋服類、雑貨等、主にスーパーで売られる物を作っているメーカーや問屋の営業マンは「セールス」とやや親しみを持って呼ばれるが、セールスマン(、、)とはほとんど呼ばれないようである。
日本語では営業マン、営業、セールス、セールスマン、売子、店員、マネキン、押し売り、その他にもいろいろな呼びかたがある。英語ではこれらは全部セールスマンである。そしてセールスマンは大なり小なりコミッションをもらうので、日本ではコミッションをもらう人たちのことに限りこの名で呼ぶのも一理あるが、ある意味では差別用語化している。
日本ではコミッションの対称になるセールスマンは訪問販売(百科辞典、教材、健康食品等)の会社や保険、証券、不動産会社に所属する人たちに限られているようである。自動車メーカーの営業マンがセールスマンと呼ばれるのは例外かも知れない。
営業マンたちは、全員一定のサラリーをもらい、営業成績は一部ボーナスに影響するものの全員、年齢や地位によって給料の差はあっても、同レベルの人たちの収入は同じ企業内では大きな差はない。同レベルの営業マンの間に実力主義のコミッション制が導入されると、日本的平等主義が崩壊するからであろう。
しかし、コミッションを得る人たちの中でも日本的平等主義は存在するので、なるべく収入の差を少なくしようとする力が働き、給料プラス・コミッションという制度がほとんどの場合導入されていて、給料なしのコミッションだけというのはアルバイト的な要素を持った分野に限定されるようだ。だから、コミッションをもらうセールスマンも営業マンたちと同様、収入の面においては個人差があまりなくなる。
アメリカのセールスマンたちは、収入の向上を目ざして働く。これが最大のインセンティブ(意欲をかきたてるもとになる動機)で、そのためセールスという、もっとも難しい仕事を選ぶのである。セールスをやったことのある人なら、物やサービスを人や会社に売り込むことの難しさを知っている。技術と忍耐が必要で、パーソナル・セリング(個人による対面販売)のみならず、小売店のセールスにしろ、小売店に対するメーカーのセールスにしろ、商売の根本はセールスである。
アメリカの会社にはセールス・エンジニアーと呼ばれる人たちがいる。英語でエンジニアーとは大学でエンジニアリングの学位を取った人たちのことを指し、大卒でない(学位を持っていない)人たちのことはエンジニアーとは呼ばない(例外もある。例えば汽車の機関手などはエンジニアーと呼ばれる)。要するに、エンジニアーでありながらセールスマンで、エンジニアリングの高度の知識を必要とする機械類の販売にたずさわる人たちのことである。
セールス・エンジニアー(特に金額の大きな物を売る人たち)はサラリーマンの中でも花形である。コミッションだけの人もいるが、大抵は給料とコミッションのだき合せである。大きな物になると、セールスが成立するまで二年も三年もかかるから、到底、コミッションだけではやっていけない。
しかし、何百万ドルという売り上げになるものもあり、その数パーセントをコミッションとしてもらっても、大きな収入になる。私の友人のジョージ・ウッズなどは、十五年前に年平均六万ドルも七万ドルも稼いでいた。私の年俸が一万ドルくらいの時だから、大変な収入で、大手の会社の社長や会長でも十万ドルぐらいしか給料をもらっていない頃の話である。