英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.41
著者 杉本 宣昭 
第四章 ヨコハマは英語の宝庫
岩国クリスチャン・サービスメンズ・センター

 大学二年生の春休みに、バーロー先生から一カ月間岩国へ行くアルバイトをいただいた。当時(昭和三十七年春)、バーロー先生はコイノニア・コーナーを閉塞して、横浜の仕事を岩国へ移す計画をしていた。

 岩国には今でもアメリカ海兵隊の基地があるが、当時は飛行隊の他にも常時大勢の海兵隊員(マリン)がいた。地元の人たちはカミカゼ・マリンと呼ぶほどオートバイを乗り回す連中が多く、基地の近くの飲食街は大変活気があった。

 基地のゲートから歩いて五、六分の所に、通称フォー・コーナーと呼ばれる交差点(四つ角の意味で住所は川下東方(かわしもひがしかた))があり、この交差点のすぐ手前にタクシー会社の古い車庫があって、そこを改築して、新たにイワクニ・サービスメンズ・センターを開設することになった。

 このセンターもコイノニア・コーナー同様、兵隊たちの基地外での福祉を目的としたもので、従軍牧師たちの要請が強かったのだろう。この辺り一画はGIバーの密集地帯で、バー以外には兵隊たちの行く場所がなかったし、岩国駅近くの日本人の歓楽街で酒を飲むことは司令官によって禁止されており、常時SP(憲兵、海兵隊は海軍の一部門なので海軍の憲兵が取り締っていた。SPとはShore Patrolの略)が駅前のバーをパトロールしていた。そうした状態なので、家庭的な憩いの場を作ることにしたのである。

 しかし、飲み屋街の近くにあるため、良家の子女と、兵隊たちが連れてくる飲み屋の女たちと区別するのが難しいというので、日本人女性はオフリミット、日本人の男性も兵隊同伴でなければ駄目ということになった。これには私も人種的偏見のような気がして、抵抗を感じたが、バーロー先生の目標はあくまでも飲み屋以外に行ける「真面目な場所」、白粉っ気のないセンターの設立にあったので、誰も異議を唱える者はいなかった。とにかく、日本女性シャッタウトに関しては終始厳格であった。

 私の郷里は、岩国から汽車で三十分ぐらいしか離れていない広島県佐伯郡五日市町(現在は日本最大の町で人口約十万人、広島市の隣りにあり、当時の市内と宮島口との中間地点にある)なので、時々は実家に帰れるし、また仕事も面白そうなので、二つ返事で引き受けた。仕事の内容は、建築資材の盗難防止のための見張り役と工事現場の監督である。

 バーロー先生と二人で岩国に行ったのだが、二、三日後には私一人を残して先生は横浜へ帰っていかれた。しかし、先生がいなくなっても、かわりに従軍牧師の海軍少佐が私のお目付け役になり、少佐との連絡を保ちながら、約一カ月間、旧車庫の二階にあった和室、かつては運転手たちが仮眠用に使用していた八畳の間に寝泊まりし、資材の見張り番をすることになった。

 しかし、これは大変退屈な仕事で、おまけに、すぐ近くにはネオン輝く歓楽街があるわけだから、夜になると車庫の二階になどいられなくなる。

 フォー・コーナーの近辺はいわゆる外人バーの密集地帯だ。夜になると急に活気をおびてくる。派手なネオンが兵隊たちを手まねきする。レストランやバーの名前も非常にアメリカ的で、日本人の行くバーなどよりも気のきいた名前がいくつか目についた。

 中でも「サンドパイパー」などは気に入った名前で、毎日のように飲みに行っていた。この店はカウンター・バーで、女はカウンター内に二、三人しかいないのだが、居心地は悪くなかった。外人バー特有の一杯ずつ現金で払って飲むシステムだから、ボラレル心配もないし、また勘定も横浜と較べると格安だった。

 この頃、私はまだクリスチャンではなかったが(洗礼を受けたのはハワイ大学留学中)、夜な夜なネオン輝く飲み屋街を彷徨するのは、なんとなく気がひける。初めの何日間かは真面目に見張り番をしていたが、とうとう我慢できなくなって飲みに行き始めた。飲んでいる間に資材の盗難が起こると大変なことになるのだが、運を天にまかせて、毎晩酒を飲みに出かけた。

 この街の女たちの生きざまは強烈だった。私に文才でもあれば、彼女たちのことを小説に書くところだが、そんな才能はない。

 将校のオンリーになり、次々と同棲の相手を変えながら年齢(とし)だけ取っていく女たち。自分と同じぐらいの若い女たちがスカートをめくり乱痴気騒ぎをする様子は異様な光景だ。私が日本人だと分ると、これみよがしにアメリカ兵に痴態のかぎりをつくす女たち。日本が戦争に負けなければ見なくても済む光景である。

 女たちに較べると、アメリカ兵たちは気のいい、陽気なヤンキーばかりだった。彼等とよくしゃべり、おごられたり、おごったりしながら酒を飲んだ。この時ほど英語の練習になったことはない。毎晩、英語をしゃべりまくっていた。


スギーズ式英語上達法の秘訣  スギーズの英語教材  質問コーナー/体験談
会社概要  サイトマップ  スギーズ先生ってどんな人?   お問い合わせ


Copyright (C) 2006 Sugis English & Matrimonial Service Limited. All Rights Reserved.