卒業する最後の学期のことだが、どうしても二十一単位(七科目)取らないと卒業単位の百二十八単位にならない。二十一単位以上を取るには学部長の許可が必要で、学部長のところへ相談に行った。
「今学期で是非とも卒業したいので二十一単位取らせて下さい」
「留学生で二十一単位は無理だ」
「なんとか今学期で卒業したいので、お願いします」と、かさねてお願いすると、
「君の日本の大学での取得単位をもう一度見てみよう」
と学部長が言い、結局一科目分、三単位を認めてもらうことになり、最後の学期は十八単位を取ることになった。
いつもの学期より一科目多く取ったので、アルバイトをする時間はまったくなくなった。この学期のきびしさは、卒業後も一年に一回、真夜中に突然目がさめて、「この学期単位を落すと卒業できない。勉強しなければ」と思うことがあったくらいで、夜中に飛び起きるのは卒業後二、三年は続いた。
この学期は最後まで残っていた社会学のクラスが大変で、四カ月の間に試験が四回もあり、成績もあまりよくなかった。期末試験が終了した時には「ひょっとしたらこの科目を落すかも知れない」と感じたので、試験終了後、ただちに教授の部屋に行き、今学期どうしても卒業したい旨教授に説明し、あまり出来がよくないので、今採点していただくようお願いした。
「君の成績はCとDの間ぐらいだ。Cマイナスというところだろう。留学生は語学のハンデーがあるから大変なことはよくわかっている。本来ならこういう○×式の試験はしたくないのだが、ひとクラス、百人も学生がいるとそうもいかない」とおっしゃる。マルチプル・チョイス(○×式)の試験は九十分で百問の問題を処理するのだが、これはきつい。一問につき答が三つから四つあり、読む量もかなりある。一問につき四十〜五十秒しかかけられない。
「私が日本へ留学をすることを考えると、君の苦しい立場もよくわかる。これから質問を三つするから、これらに出来るだけ答えてみなさい。答によっては点数を再考慮してあげよう」と教授が言うので、それに答えた。たまたま私が理解している分野の質問だったので、三つの質問にうまく答えられた。
「君の答から判断すると、社会学をよく理解していると思う。今までの成績に関係なくBをあげよう」と言われた時には小躍りした。教授の気が変らないうちにと、お礼もそこそこに部屋をとびだしていた。
こういうこともあって、最後の学期はほどほどの成績で終了し、無事卒業することができたのである。