英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.57
著者 杉本 宣昭 
第五章 ハワイ留学、英語とマーケティング修業
学費を稼ぐ夏休み―パン屋とホテルのバス・ボーイ-2

 バス・ボーイの仕事は始めからおしまいまで忙しい。まず、テーブルのセット・アップから始まって、お客がくると、受け持ちのテーブル(テーブル八つ)には最初にお水を出す。次にパンを持って行く。そのあとはウエイトレスの仕事になる。

 この店で出していたパンは、サンフランシスコ直送の毎日飛行機で届けられるサワー・ドウ・ブレッドで、サンフランシスコの某ベーカリーの特許製品、現在日本では、紀ノ国屋スーパーでしか買うことができない私の大好物である。このパンは電気で暖められるステンレス製の引き出しが四つ付いた入れ物に入っていて、テーブル・クロスに水分を含ませたものに包んで引き出しに納められている。そうすると熱のためクロスに含まれた水分が蒸気となって、パン自体を柔らかく焼きたてのようにする。このパンを食べ始めたら、もうやみつきになる。ドウ(生地)自体に微妙な酸味があり、腰が強く、ガーリック・トーストに最適なので、読者の中で、これを試してみたい方は、是非紀ノ国屋にて入手されたい。長くなるので、サワー・ドウ・ブレッドの話はこのくらいにしよう。

 各テーブルは大体一晩に二回転する。八つのテーブルの面倒を見るのは、だから大変で、食事が終わると皿類をかたずけて、お客が帰ると、すぐにテーブルをセットしなければならない。時時、気をきかせて、水のつぎたしや灰皿の取り替えなどもするから、キッチンに入って一服する余裕もないくらいだ。おまけに五、六時間立ちっぱなしだから、かなりくたびれる。

 ウエイトレスは、各々四つのテーブルを担当しており、この四つのテーブル以外はお客が呼ぼうがどうしようが知らん顔をする。自分の仕事ではないので当り前なのだが、アメリカ的なシステムを知らない日本客などは頭にくる。不親切だ、サービスが悪いということになり、怒り出すお客もいるが、これは自分のテーブルを受け持っているウエイトレスの責任で、お客を怒らせるようではチップのもらいも当然少なくなるから、同僚のウエイトレスに忠告はしてやっても、自分で関係のないテーブルのお客まで面倒はみない。

 ウエイトレスの収入の八割はチップだから、賃金は当時六十セントか七十セントだった。最低賃金が一ドル二十五セントの時だから格安の賃金だ。私は一ドル九十セントもらっていたから私の賃金の三分の一以下である。しかし、チップは全部ウエイトレスのものだから、これが大きい。

 チップは食事代金合計の十〜十五パーセントが常識で、一つのテーブルで四人の客が食事をすれば、一人が十五ドルや二十ドルは費(つか)うので六十ドルから八十ドルになる。テーブル四つで二回転すると十パーセントのチップでも四十八〜六十四ドルになる。月に二十日働いたとしても、チップだけで月収九百六十ドルから千六百ドルになる。当時の大卒の初任給が五百〜七百ドルだから、これは悪くない。おまけに大抵のお客は十五パーセントぐらいはチップを置くので、もっといい収入になる。だが、ウエイトレスといえども、これを全部一人じめにするわけにはいかないのである。

 何十ドルかのチップのうち、自分のテーブルを担当してくれたバス・ボーイにも少しチップの分け前を与えなければならないし、キッチンのコックやマネジャーにも分け前をやることになっている。バス・ボーイといえども一晩で忙がしい時は五、六ドルの分け前にあずかれる。このチップの分け前が少ないと、我々はそのウエイトレスのテーブルのサービスを手抜きする。忙しい時は、バス・ボーイに手抜きされると彼女たちは悲鳴をあげることになるから、常識の線をくずすことはあまりできない。

 このレストランのマネジャーはイギリス人で、日本人に対する偏見の持ち主だったと今でも思う。あとにも先にも白人に偏見を持って扱われたのは、この時が始めで最後だった。こいつが時時私をいびるのである。ある時、私の堪忍袋の緒が切れてしまった。


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