英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.58
著者 杉本 宣昭 
第五章 ハワイ留学、英語とマーケティング修業
学費を稼ぐ夏休み―パン屋とホテルのバス・ボーイ-3

 その日も、大変忙しい日で、それまで毎晩残業をやらされていた。たまたま、この晩、仕事が終わって夜中の時間に女の子とデートの約束をしていたから、十一時過ぎて残業しろといわれたのを断わった。九時ぐらいまでに残業の指示がなければ残業しなくても良いというルールだった。そうしたら、いつもさぼってばかりいるとか、仕事がのろいとか不当な非難をしはじめた。私が一番よく働いていることは自他ともに認めるところだったので、この誹謗にさすがの私も爆発してしまい、同僚のラルフに、

「あのくそったれ奴(め)をここへ連れてこい。ぶっとばしてやるから!」

 と言う破目になった。マネジャーも私の剣幕に恐れをなして、逃げてしまったが、それからというものは、残りの二週間、私から目をそらせっばなしで、文句は一切言わなくなった。私はそれからも、二、三日はカッカッしていて、機会さえあればぶん殴ってやろうと思っていたが、とうとうそのチャンスもなく、このバイトも無事終了した。

 このホテルには、ジャック・ピットマンというピアノ・ブレーヤーが長く出演していた。彼は「珊瑚礁の彼方」という有名なハワイアン・ソングの作曲者として有名で、当時七十歳ぐらいであったが、仕事の終わったあと、彼のピアノを聞くのは楽しみの一つだった。すでに亡くなられたという。

 ハワイでもっとも有名なドン・ホーともこの頃、ホテル前のビーチで時々話をした。デューク・カハナモクというインターナショナル・マーケット・プレイスの中にあるクラブに長い間出演していて、「I remember you」「Pearly Shell」「Tinny Bubbles」など、数々のヒット曲を量産中だった。

「ハワイよいとこ、一度はおいで、二度も三度も四度もおいで」と言いたくなるほど、この南海の島々はすばらしい。

 エメラルド・ブルーの海。澄んだ青い空。色鮮かな花が島中に咲きみだれるホノルル市のあるオアフ島は、自動車でまわれば四時間ぐらいだが、美くしい花が視界からとぎれることはない。私の第三の故郷(ふるさと)である。

 仕事などでフラストレーション(欲求不満)やストレスがたまってくると、無性にハワイへ行きたくなる。ある時などは、頭がもやもやして、もうどこかへ四、五日行かないと爆発してしまいそうになり、その日は水曜の午後だったが、秘書の女の子に、出入りの旅行代理店を呼ぶように言っていた。

「どこへ行かれるのですか?」と彼女が問うと、私は、

「本当はハワイへ行きたいところだが、お金もないから、代替地としてグァムならいいだろう。明日から休暇をとって、木・金・月と三日休めば、土・日を入れて五日ほど休める。グァムへ行ってくるぞ」と、彼女に言っていた。

 飛行機代は帰ってきてから支払えばよいと旅行代理店が言うので、その夜、家へ帰って女房殿を拝みたおして、十万円ほど小遣いを引き出して、翌日にはグァムへと向っていた。

 起きたい時に起き、寝たい時に寝る。一日中仕事のことは考えない。頭をからっぽにして、ビーチをブラブラと歩き回る。ホット・ドッグ・スタンドでホット・ドックとビールを買い、足の向くまま、気の向くままに散策する。

 今まで頭の中にふん詰りになって腐りかかっていたものが、急に消え去り、ちょうど、便秘の苦しみが一挙に解消されたように、すっかり気分が良くなった。

 どうも、こういうふうに衝動的にプイと外国へとびだして行くような男は、日本のサラリーマン社会では通用しない。日本人サラリーマンなら、こんなことはやらないだろう。誰もが納得してくれるような理由(冠婚葬祭や特殊な事情)でもなければ、いくら有給休暇が残っていても、ストレス解消のために遊びに行くなど言語道断ということになる。

 私はマヴァリック(maverick)という語が好きである。これは辞書によると「所有主の焼き印の押してない子牛、無所属の人、異端者」という意味で、組織にも誰にも拘束されない一匹狼のこと。サラリーマン時代の私には「マヴァリック」に対するあこがれがあった。

 アメリカ映画の主人公には、マヴァリックが多い。歯に衣を着せないで、言いたい事をずばりと言う。自分が正しいと思う時は、絶対に妥協しない。格好いい役である。

 マヴァリックを夢見るなら、いつ組織を追放になっても、女房子供を食べさせていけるだけの何かを身につける必要がある。私にとっては「英語」という技術がそれであった。いつでも英語でメシが食えると思っていたのだが、これこそ身の不運。とうとう本当に英語をメシの種にしなければならなくなった。


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