二、三年前になるが、私がコンサルタントを引き受けていたさる子供服・ベビー用品メーカーが制作した社員教育用のスライドの英語版を作ることになった。英訳はもちろん私がやるのだが、予算の都合により、英語のナレーションも私の声でやろうということになった。私の英語で十分だというので引き受けたのだが、マイクを通して自分の声を録音するというのは初めてのことであった。
読むのは自分の書いた文章なので、たいした練習をしなくてもすらすら読めると思い、録音スタジオに出かけたのだが、なんせ初めてのことで、あがるまいと思ってもあがってしまう。二十分弱のものを録音するのに、一時間半以上もかかってしまった。
あとでテープを聞いてみると、自分の声を聞き慣れていないせいか、少々聞き心地が悪い。気になった箇所を録音しなおしたいと思ったが、時間もない。ミキサー氏もこれでよいと言う。とにかく一件落着ということになった。
英語版を作るのをよい機会に日本語版もやりなおすことになった。私の録音が終わったすぐあとに、日本語のナレーションを録音するのである。外はどしゃぶりの雨だったので私もスタジオに残り、今度はプロのお手並みを拝見することにした。
ナレーター某女史はさすがにプロ、うまいものである。録音の時間も一時間弱で終わってしまった。
「さすがにプロですね。私のような素人とはだいぶ違いますね」
と、ミキサー氏に話すと、
「とんでもない。あなたは素人に見えませんよ。こんど我々の仕事もお願いしますよ」
と、お世辞を言う。
数日後、スライドが完成し、音のほうだけ、カセットテープにダビングしてもらったものを聞いてみた。最初の何回かは録音された自分の声は聞き苦しいものだったが、繰り返し聞いていると自分の声に慣れるせいか、「なかなかうまいものじゃないか」と思うようになるから不思議である。
英語のナレーションをやるのはこれっきりだと思っていたので、子供が初めて買ってもらったオモチャのごとく、他人に聞かせて悦に入っていたら、ひょうたんからこま(、、)というのか、これもメシのタネになってしまった。
ある日、最大手ビンメーカーT社の副社長で母校の先輩でもあるS氏に、
「最近、こんなこともやっているんです」
と、テープを聞いてもらったところ、
「なかなか良い声じゃないか。うちの会社も年間何本かビデオを制作している。なるべく英語のナレーションもつけることにしているので、うちのもやってみてはどうか」
と言われ、
「仕事になるのでしたら、喜んでやらせていただきます」
と、二つ返事で引き受けた。これが英語ナレーター稼業の始まりである。