英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.63
著者 杉本 宣昭 
第六章 英語屋転業の記−ふたたび日本
発音コーチ稼業ことはじめ

 仕事が暇であった三年前の昭和五十五年四月より、週二回の頻度でアケミを教えることになった。アケミは私の妹分みたいなもので、CJ社にいた時の最初の秘書で、それ以来飲み友達の間柄にある。

 六年程前に一年間アメリカ・カリフォルニア州サンタ・モニカのビジネス・カレッジに留学していた時には、"マシンガン・アケミ"の異名をとったほどのタイピング力の持ち主で、一分間百ワード以上のスピード記録を達成した。そのビジネス・スクールでも最高記録の保持者で、未だに彼女の記録は破られていないという。

 会話もかなりうまいのだが、欠点は発音で、典型的な日本人のものであった。典型的な日本人の発音といっても会話がかなり出来るレベルで、聞く人も慣れるとよく分るぐらいだから、それほどひどいというのでもない。

 前の会社にいた時、口述を速記で取らせた際、「コンシューマーリズム」と言ったのを「コンシューマー・リーズン」と速記したのが唯一の失敗例だったぐらいで、速記も達人、秘書としては大変有能な女性である。丁度、事業に失敗してコンサルタント業を始めた時期で、たいして忙しくもなかったので、「暇だから、お前の発音を直してやろうか」「はい、お願いします」という具合に、発音矯正レッスンが始まった。

 このレッスンは始めてみるとなかなか面白いもので、どこまで発音の矯正ができるか楽しみになってきた。英語を他人に教えるのは学生時代以来である。

 少々もたもたしながらも、昔、学生時代に自分がやった音声学の独習順序を思いだしながら、教え始めた。

 英語の発音は若いうちに覚えないと、二十代になってからでは駄目だと思っていたのだが、アケミを教えているうちに、(ひょっとしたら、発音の矯正はやり方によっては年齢に関係ないかも知れない)と思うようになってきた。パーフェクトに矯正するのは不可能としても、かなり良いレベルまでの矯正はさして時間を要しないことが分った。

 言葉の"発音的訛り"は一般的になかなか直らないと思われている。日本語でも地方の訛りを消すのは、大変に難しい。アメリカでもそうで、移民の一世たちは出身国の訛りを消すのはほとんど不可能と思っている。元国務長官のキッシンジャー氏の"シャベリ"を聞いているとそのことがよく分る。氏は十六歳の時、オーストリアからアメリカに移民してきたのだが、未だにオーストリア訛りというかドイツ語訛りが抜けない。

 プエルトリコ系、メキシコ系の人たちも訛りですぐに分かる。アメリカには多くの日本人が在留しているが、十年いても二十年いても日本語訛りが抜けないと嘆いている人が多い。発音ばかりか、会話も上達しない人が多いのである。

 私の場合はどうかというと、前の章で述べたように渡米する前から訛りがなかった。発音はアメリカ人に一度も習ったことがないにもかかわらず。訛りを消すには、ただ単に猿真似をするのではだめで、根本的な音声学的発音矯正訓練が必要であると結論するにいたった。

 アケミは大変芯の強い女で、とうとう一年間、ほとんどさぼらずにレッスンに通ってきた。予測通り、三カ月で母音と子音はほとんど正確に発音できるようになった。特に母音には二カ月以上の時間がかかったが、子音には大きな問題がなかった。

 最初は、母音の[i:]と[i]の違いの習得から始めた。日本語の母音(アイウエオ)を発音する時と英語の母音を発音する時では、まず、口辺の筋肉の使い方が大きく違う。日本語の母音では口辺の筋肉をほとんど使わないが、英語の母音はこの筋肉をふんだんに使う。今まで一度も使ったことのない筋肉を使うので、難しいのである。厳密にいうと、英語の母音と同じ日本語の母音は[ア]と[エ]ぐらいのもので、あとは全部違う。


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