英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.65
著者 杉本 宣昭 
第六章 英語屋転業の記−ふたたび日本
トランスレーター・ブルース

 英訳の仕事は週末の土・日のほうが、はかがいく。サラリーマンの頃、週末をひかえた金曜日は土・日の休みを思い、TGIFと祝いの盃を上げるのが常だった。TGIFは“Thank God It's Friday!”の略、「やれやれやっと金曜日だ!あと二日は仕事から解放される」という意味だ。

 翻訳を生業(なりわい)にし始めると、金曜の夜一杯やっても、土・日は仕事になる。この二日間はもっともプロダクティヴ(仕事がはかどる)な時なので、TGIFの祝い酒もサラリーマンの時と同じというわけにはいかない。

 翻訳の仕事は自由業の中で、労多くして報酬の少ない仕事である。辞書を引く回数が非常に多い。ブリーフ・ケースにはいつも辞書が入っているので、サラリーマン時代よりもブリーフ・ケースが重たい。手に豆ができるほどである。この仕事は重労働なのかも知れない。

 英訳の仕事は技術的なものが多く、専門用語ばかりで、自分の専門分野ならまだかなりのスピードがあげられるが、よく知らない分野になると、仕事は遅々としてはかどらない。

 英訳ばかりでなく、和訳でも辞書を引く回数が多くなる。これは非常にタイム・コンシューミング(時間がかかる)で、時間単価の効率が悪い。

 一昨年、某社の翻訳課長と話をした時のことだが、巷(ちまた)の翻訳料金表をいくつか見せてもらった。英訳原稿一枚(A4サイズ、ダブル・スペーシング、約二十五行)の値段は二千円ぐらいから三千円前後のものが多く、こんな値段で誰が仕事をするのか、と考えさせられてしまった。

 私は少なくとも一枚五千円から六千円はいただいている。しかし、他の多くの英訳家と較べればかなりまともな英訳をしているつもりである。私がもらっているこの値段は、翻訳会社が請け負う値段らしい。前述のようにもっと安い値段のものもあるので、まあ良いほうの値段なのだ。

 一枚二、三千円というのはどうも学生や、それに毛のはえたような人たちにやらせるものらしく、大抵は読むに耐えないものになっている。五、六千円以上のものでもひどいものが多い。値段を考えると質などにはかまっていられないのかも知れないが、翻訳は店頭で売られている商品とは違うはず。千円や二千円安くても英語の内容がおかしい欠陥商品を買ったのでは、まさに「安物買いの銭失ない」にしかならない。

 翻訳会社の多くは一枚六千円か七千円で請け負って、二千円か三千円で日本人に翻訳させ、それを英米人のリライター(校閲者・書き直し屋)に一枚千円程度でエディティング(校正)をさせ、ワープロを使いフィニッシュ・タイピング(清書)をしてクライアントに提出している。一枚につき荒利が二千円から三千円ということになるらしい。

 業者としても事務所の経費や人件費の捻出、資本の回収等を行なわなければならないから、四割や五割の荒利が必要であろう。そうすると下請けの翻訳家を値切る以外に手はなくなる。あまり安いとまともな英語の書ける人も手を抜くか、翻訳などは割に合わないとやめてしまう。あとは雑魚ばかりで、欠陥英語メーカーの手にゆだねられることになり、リライティングなどでお茶をにごすということになるのである。

 飲み仲間のアメリカ人で日本語の上手な男が一枚二、三千円のレートで英訳をしている。翻訳会社の下請けをしているのだが、このレートで月に四、五十万円の収入を得るのは並み大抵のことではない。量をやらないと収入にならないので、適当に手を抜くと言っていた。私のようにクライアントから直接仕事をもらいたいのだが、そのつてがないので下請けをせざるをえないと言う。

 約三年間、翻訳を主な収入源としてきたが、これを専業にするのは大変に難しい。仕事の量を確保するのが難しいからである。仕事がある時は忙しく、大抵は急ぎの仕事なのだから、営業活動が出来ない。暇になると仕事を探すため営業活動をするわけだが、そうは簡単に仕事がみつかるわけではない。翻訳を専業とするには、貯えがなくてはその日暮しということになる。

 日本は工業立国である。今や技術の輸出が盛んに行なわれ、英語の文書が粗製乱造されている。パンフレット、カタログ、会社案内、マニュアル類など英語で書かれたものが多くなってきた。だがひどい英語で書かれたものが多く、赤面することが多い。有能な翻訳家を優遇しなければ、国辱的な英文の文書が作り続けられるであろう。


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