英語発音ならスギーズ! ◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世◆スギーズの英語人生、英語教材開発への情熱、ニューヨークでの生活の様子などをご一読下さい
◆ 連載小説 ☆ 我が英語渡世 ◆
VOL.66
著者 杉本 宣昭 
第六章 英語屋転業の記−ふたたび日本
手本となる英語の発音とは何か?

 有楽町電気ビル二十階の外国特派員協会、通称「プレス・クラブ」で一人酒を飲みながら、外人たちの多様な英語を聞くのも、私の楽しみの一つである。英語といっても多種多様で、イギリス語、アメリカ語、カナダ語、オーストラリア語、南ア語、香港英語やシンガポール英語、フィリピン英語などといろいろある。イギリス語でもスコットランド、ウェールズ、アイルランドでは発音が大変違う。西インド諸島の国々で使われる英語も、他の英語とはかなり違う。

 このクラブのウエーターの一人はパキスタン人で、もう一人はバングラデッシュ人だが、彼等の話す英語も、インド人たちの話す英語も、アメリカ英語やイギリス英語と較べるとだいぶ違う。ここで一杯やっていると、フランス語訛りやドイツ語訛りなどありとあらゆる訛りの英語が聞ける。その中でも一番顕著なのは日本語訛りである。日本人で英語の上手な人も多い。海外特派員や、英語を使わなければならない人たちが主なメンバーのプレス・クラブだから、それも当り前だろう。

 日本人が英語を覚える時には、必ず発音の問題にぶつかる。英文の読み書きなら手本の問題はない。発音の訛りのように多種多様な訛りは文章化されたものにはない。英文法も万国共通だし、単語のつづりもイギリス語とアメリカ語の間で多少の違いはあるが同じである。しかし、発音の手本というと少々困ったことになる。

 我々は標準語というものに慣れている。外国人で日本語を覚えようとする人には、標準語の発音を教えるのが当り前で、広島弁や東北弁、大阪弁や京都弁を教えるのは邪道と思う人が多いだろう。もっとも中には方言を覚えたいと言う人もいる。しかし、日本語の場合は標準語と方言の間に発音の違いはほとんどなく、アクセントの位置が違うぐらいで、大きな違いは「言いまわし」である。

 英語に標準語があるであろうか?英語に標準語があれば標準語の発音を覚えればことがすむ。もし標準語がないとすると、どの発音を覚えたらよいのか分らなくなる。英語の発音はイギリス語とアメリカ語では大きな違いがある。アメリカ語とカナダ語はほぼ同じ発音だが、オーストラリア語やニュージーランド語はアメリカ語とはだいぶ違うし、フィリピン人の英語やインド人の英語は独特な訛りが強い。

 英語の本家はイギリスだが、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、イギリス本土では発音がひどく違うし、また、上流階級で話される発音と下層の人たちの発音では大きな違いがある。アメリカ語かイギリス語かの選択においてイギリス語を選んだとしても、これらのうちのどの発音を覚えるかが問題である。もっとも上流の発音、例えば英王室の人たちが話す発音を覚えたとしても、身分が伴なわなければ、奇異に聞こえるし、ロンドン下町の下層の方言(コックニー)の発音を覚えても、誰もほめてはくれないだろう。ロンドン近辺の知識階級の使う発音を覚えるのが一番いいことになる。

 日本人にとっては、イギリス英語を覚えるべきか、アメリカ英語を覚えるべきかは重要な選択になる。いわゆるイギリス式発音かアメリカ式発音かの選択になるわけだが、アメリカ英語を選んだとしても、南部訛りや黒人、スペイン語系の人たちの訛りを覚えても仕方がない。一応標準語とされる中西部およびカリフォルニア州地方の発音を覚えるのが順当ということになる。

 外国に住んで英語を学ぶ場合は、どうしても住んでいる所の訛りをピック・アップすることになる。ボストンに住めば、故ケネディ大統領のような訛りを覚え、ジョージア州に住めばカーター元大統領のような訛りをピック・アップし、テキサス州に住めばジョンソン元大統領のような発音になるかも知れない。

 ニューヨーク市のブルックリン地区では[th]の音が無声音の[●]は[t]と訛り、有声音の[●]は[d]となるし、[●]の音は[●]と訛ってしまう。「三十三番地の通りと三番街」は「トイティー・トイド・アンド・トイド・アヴェニュー」という風に発音する。しかし、日本式に発音するなら「サーティー・サード・アンド・サード・アベニュー」となる。

 アメリカにしろどこの国にしろ、英語圏の人なら[th]の音は[t]と[d]とに訛ることが知られているので、ハワイの方言で「イット・エイント・ノウ・ビッグ・ティング・ブラダー」(It ain't no big thing, brother)と言っても「ティング」が〈thing〉で「ブラダー」が〈brother〉であることは大抵の人にわかる。

 このような訛りは英語を使って生活している英語圏の人たちには、ちょっと慣れれば理解できるようになるが、日本語訛りは残念ながら、ほとんど理解してもらえない。thingを「ティング」と発音すれば分ってもらえるが、日本人のように「シング」と発音するとダメなのだ。「ブラザー」と言っても分ってもらえないのである。


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