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・私の英語は独学の賜物だ

■「語学をやる」とか「英語を勉強する」などと言うと、「やる」、「勉強する」は能動的な動詞を使っているので自分の意思で行うことだが、「学校で勉強する」と言うと、「教えてもらう」というような受動的なニュアンスを持った表現になる。先生がいて、その先生に教えてもらうことだから、「〜してもらう」には「やりたくないけれど、何かの理由で、教えてもらわなければならない」というレベルから、積極的に「教えを乞う」というレベルまであるわけで、かなり個人差があるのは明らかである。

■どういうわけか、世界中どこでも、「学校というところ」は外国語教育に適していない。教え方がへたくそで、日本だけではなく、アメリカでも他の国にでも、その教育効果――例えば、その外国語がしゃべれるようになるとか、ちゃんと書けるようになるという結果――がわずかしかなく、ほとんどの生徒・学生はしゃべれるようにならないというのが現実なのである。

■私も非常勤講師だが、学校で二つのクラスに英語の発音などを教えている。クラスルーム・ティーチングで良い結果を出すのは難しいもので、プライベートに教えている弟子たちは、全員、上手くなるのに、学校で教えている学生で発音が本当に上手くなるものはそう多くはない。教え方の良し悪しかもしれないが、それよりもモーティベーション(動機付け)の問題なのだと思う。私の場合、医療関係の三年制の専門学校で発音と専門用語を教えているのだが、大卒の学生もかなりいて、知的レベルがそんなにひどいわけではない。一年生には発音と会話表現を教え、二年生には専門用語を教えている。一年生も二年生も私の授業は必須だから、全員強制的に受講させられる。中学・高校でも英語は必須科目だから、本人がやりたくなくてもやらなければならない。大学でも英語が必須のところが多いので、事情はどこでも同じということになる。「馬を水際まで引っ張って行くことは簡単だが、馬に水を飲ませるのは別の話だ」("You can take a horse to water, but you can't make him drink.)という格言があるが、まさにそういうことで、飲みたくない馬に水を飲ませることは出来ないのである。

■学校でも能動的に勉強したい者は努力しだいで良い結果を出すことはできる。しかしこのカテゴリーに入る者は、十人のうち2〜3人だろう。他の者はたいてい落ちこぼれる。クラスルーム・ティーチングの効果は、また、何をどう教えるかによって変わってくる。学生が望んでいることは何なのか?しゃべれるようになりたいのか、いろいろなものを読めるようになりたいのか、ちゃんとした英文が書けるようになりたいのか、受験問題に精通したいのか、ト−フル(TOEFL)などの試験でよい成績をとりたいのか、学生によっては「何を覚えたいのか」がかなり違う。また、どこに目標を置くかによって教え方も違ってくる。教える先生たちの能力も問題だ。文法の知識、会話文の知識、正しい発音を教えられるかどうか。

■英語の教師の「資格」がどうあるべきかは、大きな課題である。三拍子そろった能力(文法も読み書きもちゃんと出来て、発音もしっかりしていて流暢にしゃべれる)が必要なのか?私に言わせると、書く能力としゃべる能力が欠落した先生がほとんどで、いくら三拍子そろった先生が必要と言っても、これは「ない物ねだり」でしかない。しかし、本当に使える英語を学生たちに習得させるのなら、教師たちのこの二つの能力(書く・しゃべる)を開発することが最重要課題となる。

■私の経験から到達した結論は、本当に「読めて、書けて、しゃべれる」ようになるためには、学校以外で覚える努力をすることしかないということなのだ。特に日本では、学校では教えないこと(書くこととしゃべること)は、自分で勉強する以外にはない。誰も教えてくれないのなら、独学でやるしかない。実は、私は、これを高校の一年生のときからやっていたのである。たまたま中学三年生のとき、広島県の英語弁論大会に出場する三人の一人としえ選ばれて、よい先生(アメリカ英語の発音の勉強を独学でやっておられた先生)に発音の指導を受けたのをきっかけに、高校へ入ってからも引き続きこの先生の指導を受け、先生と一緒に、同じ勉強仲間というような関係で、英語の発音の研鑽を行い、二年生のころからは、もう自分だけで独学を気が狂ったようにやりはじめていたのである。

■当時、1950年代後半は、ジャズやロック、カントリーウエスタン、ハワイアン、ラテン音楽などが花開いた時期で、私は特にジャズの歌に魅せられ、そのアメリカ英語の音とジャズ音楽との微妙な結びつき、なんともいえない心地よさを発見し、発音の練習を多くのジャズ曲の歌詞を通してやりはじめ、高校のときに、100曲以上の歌詞を覚えた。それらを正しい発音で歌うことにより、発音を磨き上げたのである。だから、発音だけは完璧なGA(General American)と呼ばれるアメリカ英語の標準語音になっていた。

■母校の高校のすぐ近くにアメリカ文化センターがあり、毎日ここに通って、ライフ、ルック、タイム、ニューズウイークのようなアメリカの雑誌を読みまくっていた。その他にも、多くに小説などがここにあったので、読む材料には事欠かなかったのである。しかし、学校の授業や当時使われていた教材は完全に無視していたので、まわりからは非難の目で見られていたらしい。一人だけ、皆とは違ったことを勉強しているわけだから、担任の先生にも「そんなことをやっていたら大学に受からないぞ」とお説教されたが、馬の耳に念仏であった。とにかく高校時代は受験勉強そっちのけで(もっとも世界史だけは、参考書を丸暗記して、一応、受験の準備をしたのだが)、皆が受験勉強に力を入れていたのと変わらない(ひょっとしたら受験勉強以上に)努力を「英語の独学」に対して行っていた。だから私の英語力は学校の授業のおかげでもないし、塾や予備校にも行かなかったから、本当の意味での「師匠の指導の賜物」ではない。全て「独学の賜物」だったのである。

■大学に入って、横浜に下宿し、伊勢崎町にあった「コイノニアコーナー」(キリスト教の団体が運営していたGIのくつろぎの場所)に行きはじめ、そこでGIたちとしゃべりはじめると、一ヶ月もたたないうちに「お前は、アメリカはどこの出身か?」と聞かれるほど、まるっきりアメリカ人だと思われるようになっていた。これには、本人も非常に驚いたのだが、高校時代に周りの人たちに白い目で見られながらもやった自己流の勉強方法が「正しかった」ことが証明されたわけだから、大変な自信となり、以降、GIや宣教師、米軍将校たちと英語をしゃべりまくって、スポンジが水を吸うごとく英語の知識を身につけていったのである。


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