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・日本語は難しい

■「日本文化の特異性は、日本語が他の言語とかけ離れたものであったため、いっそう促進されたといえる」と、元駐日大使E.O.ライシャワー(故人、ハーバード大学名誉教授)が「ライシャワーの日本史」の中で言っている。「日本語の表記法は、漢字を基にしており、日本語の中には、おびただしい中国語が入りこんでいる。ちょうど英語の中にラテン語・ギリシャ語からの借用語が数多く入っているのと似ている。しかし、日本語と中国語とのあいだには、日本語と英語のちがいに匹敵するほどの根本的相違がある。その言語構造は、朝鮮語に酷似しているのだが、それでも、日本語と朝鮮語との関係は、英語とサンスクリット語を起源とするインド諸語との関連程度でしかないといえる。日本語は、現在世界で日常使われている言語の中でもっとも複雑な表記法を有し、しかも、類縁関係にある近い言語が存在しない孤立した言語なのである。そのため、日本人が他者とのあいだにかかえこんでいる言語上の障壁はより大いようである」とライシャワー先生は書いている。彼は日本語にもチャイニーズにも精通していた大学者だから、日本語の孤立性を大いに実感していたのであろう。

■長い間、日本語はウラルアルタイ語の系統だとされ、フィンランド語、ハンガリー語、トルコ語、モンゴル語、朝鮮語に近い言語だと言われてきたが、最近では、日本語はこれらの言語とはまったく違うことばだと認識されるようになっている。私も独学でコリアンを少し勉強しているのだが、助詞の使い方などは日本語に似ているのだが、サウンドシステム(音声組織、発音体系)が根本的に違うので、日本語と親戚関係にあると言う考え方には、賛成しかねていた。日本語のように、必ず母音で終わる言語と、多くの語が子音で終わる言語が親戚関係にあるとは思えないのである。イタリア語とスペイン語のように母音で終わる語が大半である言語が親戚関係(ラテン語系)にあるのは分かるが、ドイツ語と同系統だとは誰も思わない。ドイツ語は子音で終わる語の多い言語で、英語とは親戚関係にある。元々英語はドイツ語の一方言なのである。

■日本語をそのサウンドシステム(発音、抑揚、強勢・弱勢、リズムなど)の見地から考えてみると、発音に関しては、母音は「アイウエオ」の五つしかないから、大変易しいことばだと言えるかもしれない。母音が少ないということに関して言えば、イタリア語、スペイン語、ポリネシア語も「簡単に覚えられる」ということになる。しかし、これらのことばが、外国人に、簡単に覚えられるわけがないので、母音の単純さだけで、ことばの習得難度を測ることは出来ないだろう。

■子音に関してだが、英語が母国語の人にとって一番難しい音は「シ」だろう。あとの子音は、全て、英語にはあるから、この「シ」の音だけをマスターすればいい。最も厳密には「シ」は子音+母音(CV = consonant + vowel)だからこれを子音と呼ぶのはおかしいが、この音は英語のネイティブスピーカーには難しい音らしく、日本語を非常に流暢にしゃべる人でも、この音を正しく発音できない人がいる。"sh" の音発音するか "s" の音で発音する人が多い。しかしほかの子音は英米人にとっては「お茶の子さいさい」で、日本語を覚える時、発音(母音も子音も)では全く苦労することはないのである。だが日本人が英語を覚えようとすると、この発音が難敵となり、この敵さんをやっつけないとどうしようもなくなる。英米人にとっての難敵は「アクセント」で、日本人のようにフラットに発音することが難しいのだが、これが出来なくても日本人に理解されないというのでもないので、大きな問題はない。

■英語の母音で日本語のそれと同じだと思える音は / e / (/エ/) のみで、残りの母音11個のうち、他の日本語の母音の 「ア、イ、ウ、オ」とおなじ音はひとつもない。だから/ i: /, / i /, / ei /, //, //, /,/, //, /ou /, //, / u: /, / u / の母音は、日本語には無いものだから、それぞれ新たに発音の仕方を覚えなければならない。子音も "f, v, l, r, sh, sure, th, ing" のような音 / f /, / v /, / l /, / r /, //, //,//, //, // は日本語には無い音だから、これらも発音の仕方を覚えなければならない。しかし母音に較べれば子音のほうは楽に覚えられる。ちょっとしたコツを飲み込むだけで正しい音が出せるようになる。

■英米人にとって本当に難しいことは、文化や価値観の違いから日本人の「論の進め方」に納得がいかないことや、文法(特に「てにおは」の使い方)、漢字語の読み(ひとつの漢字に幾通りも読み方がある)などで、日本語も読み書きとなると、途方もない努力が必要になる。学者にでもなろうとするなら、古典も読めなければならないので、候文、漢文、平安時代の紫式部などの文も読めなければならないかもしれない。こうなると大変で、日常会話を覚えるのとは較べ物にならない。日常会話でも、敬語の使い方など大変難しいから(日本人の若者でも正しく敬語が使えないくらいだから)、日本語は「難しい」の一言ということになる。

■外人訛りのひどい日本語でもガイジン(白人のことだが)の口から出てくれば、「大変お上手ですね」と多くの日本人はお世辞を言う。これが東洋人の外国人だったらこういうほめ方はしない。これがれっきとした日本人の口から「ちょっとでも外人訛りと聞き取られるようなアクセント」で出て来ようものなら、必ず「欠陥日本人」と思われ、特に帰国子女などでこの「欠陥日本人」レッテルをはられると、致命傷になる。これには敬語の使い方の間違いも含まれ、終いには同じ日本人として扱ってもらえなくなり、村八分になったような気持ちになって耐え切れなくなり、日本人をやめてアメリカ人になってしまう人も出てくるのである。特に小学生・中学生ぐらいのときに海外で数年間すごし、日本語の世界から疎外されて育った帰国子女たちは、日本へ帰ってきて、いくら努力しても、この微妙なことばの使い方が身に付かず、つらい思いをする人たちがいる。

■これは、多くの場合、英語圏に行った人たちに見られる現象なのだそうだが、子供たちに英語を早く覚えさせようとして、家庭でも英語で話したりした人たちがいて、子供たちが日本語を使わなくなってもそのままほっといた場合にこうなるのだと言う。これは日本語の教育を怠った親たちの責任である。英語を母国語とする人たちが海外でする子弟への「英語教育」のやり方を見ていると、日本人の親たちの「母国語の教育」に関する無知さがよく分かる。多くの日本人の親は、自分たちが家で子供たちと日本語をしゃべれば「この難しい日本語」でも、子供たちは自然に覚えるのだと錯覚している。しかし、日本人共通の価値観・文化は、それを共有する「多くの人たち」との人間関係を通して、はじめて、自分の身に付くのである。現地に日本人学校を持つ地域に住んで子供を育てれば、日本語はおかしくならないし、現地のことばも覚えれば、それは大きな財産となるが、英語圏で五年も六年も現地の学校に行き(近くに日本人学校などが無いため)帰国した者たちは、親と日常的な会話は日本語でしていたとしても、他の日本人とまともに日本語が使えるかというと、そうは行かないようである。そうなると、その時点から、再度、母国語である日本語を正しく使えるようになろうとしても「もはや手遅れ」ということになる場合が多いと言われている。それほど日本語は「難しい」のである。