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我輩も猫である
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・アメリカからの影響、ヨーロッパからの影響

■二百年以上も続いた日本の鎖国も、明治維新が断行され、終止符が打たれた。夷荻(いてき)と条約などを結び、神国日本を穢(けが)そうとする「徳川幕府をぶっ潰せ」と尊皇攘夷(天皇を尊び夷荻を撃ち払う)をスローガンに、とうとう幕府は潰されてしまったのである。

■明治政府は幕府を潰したあと、すぐに、公約破りをするのである。公約破りは日本の政治家の得意とするところで、維新の最大スローガンの「尊皇攘夷」をやめてしまう。尊皇攘夷は浪士や志士たちを狂わせるほどのイデオロギーだったのだが、維新が成功すると同時に、これを破棄して、潰した幕府以上の積極性をもって「開国」し、西洋の文物を取り入れはじめたわけだから、公約破りもいいところである。しかし、これに対してものすごい抗議もなく、暴動も起こらないで、ガラガラポンと西洋化に邁進するようになったことは、先の戦争に負けたときに「鬼畜米英」などはすっ飛んでしまい、アメリカ様さまになったのと、どこか似ているような気がするとセンセイが言うのである。今まで「夷」としてさげすんでいた人たちの文化・文明を、自分たちのものより優れている、より高度なものだとして学ぶことにしたのだから、イデオロギーを死んでも捨てない人が多い西洋の人たちには、全く理解できないことだと言える。無節操だと言われても仕方がないも知れないが、日本人は意外と現実的で、これは自分のためにならないと思うと、さっさと考え方を変えて、現実を受け入れることができる「大変いい性格」を持っているのかも知れない。少なくとも、日本人は多神教徒だから、一神教的なイデオロギー(絶対視するものの考え方で、宗教と言ってもいいような思考法)は、元来、我々にはなじまないものなのかも知れない。

■教育はフランスのシステムで、軍隊はフランス方式でやる。国会ができたころはドイツのやり方を真似し、外交的な礼儀作法とか着るものはイギリスの真似をする。このように、最初は、ヨーロッパの真似をしたのだが、アメリカを無視したわけではない。ペリー率いる黒船に脅かされて開国したぐらいだから、アメリカにも魅力を感じてたりしたはずである。しかし、アメリカは、当時、まだ若い国だったし、独特な文化も確立されていなかったし、西洋の列国の中でもアメリカだけが共和国で、当時の日本にとって役に立つ政治形態ではなかったので「何となく危ない、日本と相容れないような存在だ」と考えたのではないかと、コロンビア大学のドナルド・キーン先生は言うのである。

■アメリカからの影響は、大衆文化の面において、強く現れているのである。現在では、日本が輸出するものの八割は資本財(機械類、部品、部材など)で、消費者用の製品は二割しかないが、かっては、日本の得意とする輸出品は何だったかというと、電気製品、カメラ、自動車などで、これらは、昔は、全部アメリカから輸入してきたものである。ヨーロッパ人とは違って、日本人はアメリカ人と共通して「便利なものを喜ぶ人種だ」とキーン先生は言う。「便利なもののためならどんなものを犠牲にしてもよろしい。例えば、新しい電車の線路を敷く場合は、その線路の真ん中に奈良朝からあったお寺があっても、便利のためだと思えばそのお寺を片付けて、電車を三分速く大阪に着くように新しい線路を敷く。これはちょっと極端な例ですが、ともかく便利なものが文化であるというふうに思われてきたのは、大衆性のあるものはいいものであり、その大衆性を日本人はアメリカから学ぶべきものだという結論を得たためではないか、と私は思います」と言っている。

■キーン先生は次のようにも言っている。「日本人の多くは、漠然とした観念で、外国という場合はアメリカを指していることが非常に多い。例えば日本が小さい国だという話をする場合は、どういう意味かというと、アメリカと比べて小さいのです。イギリスと比べたらイギリスのほうが小さい。ベルギーと比べたら問題なしに日本は大国に違いない。日本人が外国にこれこれがあると言うとき、なんとなく頭の中で多くの場合はアメリカのことを言っています。そして、日本にないようなすばらしいものが外国にあると言うような場合は、それは大体アメリカのことをさしています。間違っていてもだいたいそういうふうに言っているのです。生活水準は外国が高いと言う場合は、それはノールウエーの話でもないスペインの話でもない。だいたいそれはアメリカの話です」

私はよく「アメリカではどうのこうの. . .」と書いたり言ったりよくしたが、これは人に嫌われると言う。「アメリカでは、イギリスでは、フランスでは、中国では等々と書いたり、口に出して言ったりすると、多くの人に不快感を与えるらしい。だから、今では、特に「アメリカでは. . .」を極力避けるようにしているのである。しかし、どこかの国と比較しないと、どうしても我々の姿が明確に浮かび上がってこない。読者に嫌われるかも知れないのを覚悟の上で、時々使わざるを得ないのも、またつらいことなのである。