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プロフィール
メシの種なり
我輩も猫である
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・浪人廃業、主持ちになる

■ある日のことである。私が例によってシロ君のおこぼれにあずかって、食後の腹ごなしの散歩をしているとき、シロ君の家の近くでときどき見かける中年の男に "Come here, Kitty. Come here, Kitty." 「子猫ちゃん、おいで」と英語で話しかけられた。私は、一瞬、ためらったが、久しぶりに英語で呼びかけられたためか、ふらふらっと、声をかけられた中年男の足元へと吸い寄せられていた。彼はしゃがんで私の頭をなでながら "You're a good girl." 「お前はいい娘だ」と繰り返して言う。私の性、メスかオかを確かめないで「いい娘」と決めつけられたのには少々頭にきたが、気にしないことにした。どうせ後で調べれば分かることだから。

■人間と一緒に暮らすうえでの最大のハンディーは、何といっても「こっちのしゃべる言葉が相手に通じない」と言うことだ。私などは、猫の中でも数少ない語学の天才だから、日本語もすでにマスターしている。耳で話しを聞いたり、目で読んだりすることは、まったく、問題ないのだが、日本語でも声に出してしゃべると、相手には「ニャオ、ニャオ」としか聞いてもらえない。結局、ゼスチャーまがいの事をやる以外に手がない。相手の足に身をすり寄せたり、いろいろなことをやっても、こっちの意思の百分の1も相手に伝わるかどうか、ろくなコミュニケーションも出来ないのである。書くことでも出来ればいいのだが、猫の手はサルの手と違って、ペンや鉛筆は握れない。書けない、しゃべれないと言うと、まるで「日本人の英語」みたいなもので、少しも使い物にならないのである。

■この男は、発音も日本人訛りが少しもなく、日系二世かと思ったが、人のよさそうな顔をしているし、アメリカ人と変わらない英語をしゃべる男なら、私と同じような物の考え方ができるだろうし、一見、インテリにも見えるし、ひとつ、この男に取り入って三度のメシにありつくのも一策と考えるにいたった。丁度浪人してから三ヶ月にもなるし、主持ち時代の生活が恋しくなってもいたのである。

■この男はすっかりハゲあがった四十男なのだが、どう見ても五十以下には見えない。白髪でハゲだから、少なくとも十歳以上は上に見られる。本人はハゲと言われても、全然気にならないらしい。職業は「自由業」、要するに、メシの種なら何でもやるという「何でも屋」だと本人は自称している。歌の歌詞に "Jack of all trade and master of none." というのがあるが、何でも出来るが、いずれも中途半端で「何もマスターしていない」の類だと。アメリカの大学を出ているので、英語を教えたり、翻訳などを主な収入源にしていた。

■猫ほど感のいい者(猫は動物だから「物」かもしれない、私は少なくとも、人間とは同等だくらいに思っているので「者」と言わせてもらうが)はいないので、第六感のはたらきは、犬よりも数倍上なのだ。この第六感の冴えこそ、我が猫族の優越意識の根源なのである。この第六感に「この男は、根っからの猫好きだ!」と" I chose this man as my new master" 「私が選んだ」と言っても「こっちだって選ぶ権利がある」と言うのは人情だから、相手にも選ばせなければならない。私の方で、一方的に決めるわけにはいかないので、攻め方に工夫をこらす必要がある。まずは当人攻略ということになるが、これはあまり難しくはないと判断した。敵さんは無類の猫好きなのである。彼が外出ときは必ず近寄っていき、相手に擦り寄ったり、ちょいと話しかけたりすることを繰り返すだけで、親密度も高まり、当人攻略のミッションは完了("The mission was accomplished.")したのである。

■次に攻めるのは彼の子供たちである。上の女の子と下の男の子は攻めやすいが、真中の女の子は難しそうだった。なかなかペットに慣れない。どちらかというと、少々恐がりなのである。最大の難関は、彼の奥方の母親である。彼女がペットに関しては、絶対的な権限を持っている。しかし、彼女が、ペットには、いたってやさしい心の持ち主なのは、シロ君の扱いを見ていればよく分かるので、彼女の攻略も何とかなったのである。

■この家に関しては、気をつけなければならないことが一つある。それはこの家の敷地内で小便やクソをしたりしないことである。奥方が「くさい!」と言って毛嫌いするのである。シロ君など、うっかりこの家の敷地内でクソをしてしまい、二週間も出入れ差止めを食らってしまったくらいだから。私などは、シロ君と較べれば、頭の出来が全く違うから、初めから分かっているので、そんなドジなことは絶対にやらないし、全て作戦どおりにやるので、とうとう一ヶ月もたたないうちに、準家族並に、定期的にメシにありつく所までこぎつけた。しかし、家の中で寝る権利を獲得するまでには、それから、二ヶ月もかかり、牢人して半年後に、やっと主取りに成功したのである。

■マイ・ニュー・マスターは、通常、「先生」と呼ばれている。英語を教えたりもするので、「英語の先生」ということで、こう呼ばれるのだろうと想像するのだが、私も彼のことを「センセイ」と呼ぶことにした。

■"It was sixteen years ago when I became the member of this family." センセイの家族の一員になったのは16年も前のことになる。 "We get old fast and our longevity is pretty short when compared to the human's." 猫は早く歳を取る。人間のように長生きはしない。"At least I'm not young anymore." 少なくとも若いという歳ではない。

■当時は長女が小学校六年生、次女が四年生、長男が2年生と、みんな二つ違い、奥方の母親が81歳。翌年、残念ながら亡くなられたが、亡くなられる少し前までは大変元気な方で、私はよく可愛がってもらった。奥方は平均的な教育ママで、子供たちに「お父様、お母様」と呼ばせていたくらいだから、高いプライドの持ち主である。

■センセイは、某外資系企業のマーケティング本部長をしていたが、社内上層部との権力争いに負けて身を引き、脱サラで事業をはじめたが、二年もしないうちに大失敗。自宅だけは残ったが、他の財産も失い、借金返済のためには何でもやらなければならなくなり、本人は「自由業」と呼んでいるが、要は英語を「商売の元手」にする家業をやりはじめたのである。学校で非常勤の英語の講師をやったり、技術・法律・ビジネス関係の翻訳(和文英訳、英文和訳)、英語のナレーター、マーケティング・コンサルタントなど、通訳以外は何でもやるのだと本人は言っていた。どういう理由かは分からないが、単純な通訳だけはやりたくなかったらしい。

■身長167センチ、体重72キロ(今は62キロに保っている)、あまりスタイルがいいとは言えないが、40代の男としては平均的な体格の持ち主だった。住まいは東京の都心に近いまあまあの住宅地にあり、一応、一戸建ての二階家で、27坪の土地付だから、まあ平均的な家である。この辺を高級住宅地と呼ぶ人もいるようだが、周りにはお屋敷と呼ばれるような家もいくつかあるが、近くには木造アパート(戦後に建てられた)や長屋などもあり、銭湯もいくつかある(今はそれも無くなってしまったが)ような所だから、欧米のような高級住宅地とは違う。アメリカなどには5エーカー・ゾーンなど呼ばれる住宅地があり、最低でも6,130坪単位でしか家を建てられない決まりになっていて、敷地が一万坪の家なんていくらでもある所とは大違いなのである。

■家の中で寝られるようになるのに二ヶ月かかったが、この国の童謡にもあるように、雪が降れば「犬は庭かけまわり、猫はコタツで丸くなる」のが当たり前、寒いのだけはカンベンして欲しいと言うのが猫の本音なのだ。

■センセイは子供の頃、猫を飼っていたという。「まり」と呼んでいた白と黒の大きな斑点のあるメス猫で、多産系だったらしく、出産のたびに生まれた子猫の処分をさせられていたらしい。もらってくれる人を探すのだが、必ず売れ残りの子猫が出てくる。それを捨てに行くのもセンセイの仕事だったので、大変後味の悪い思いをしたのだと言う。

■猫族には多産系の者が多い。避妊の手術を受けていないメスは、不運な子猫を生まざるを得ない。特にセンセイの子供の頃は、不妊手術(ステリラライゼイション"sterilization")などを猫に施す人はいなかったのだから、私のような紳士は少数派で、大抵の奴らはスケベ―猫だから、ある時期(さかりの時期)になると、手当たり次第ということになるからどうしようもなくなる。現在のように保健所と呼ばれる「猫や犬を処刑する役所」へ連れて行かれ、毒殺されることを考えれば、川の土手に捨てられる子猫は、万が一にも拾い手があらわれ、生き延びられる者も出てくるから、まだ捨てられる方がラッキーなのかも知れない。だから先生もあまり自分を責める必要はないと思うのだが、いまだに心を痛めているらしい。とにかく「人がいい」のである。

■"まり君"の子供で、一匹だけ、自分の家で飼った猫がいたそうで、何でも一万匹に一匹くらいしか生まれないという「三毛猫のオス」だったと言う。三毛猫のオスというのは、漁師が珍重する大変珍しい猫だそうだ。センセイは単純に三毛猫だから"みけ"と呼んでいたらしい。三毛でもメスはゴマンと生まれるから価値はないが、めったに生まれないオスの三毛猫は、誰よりも飛びぬけた「鋭い感」の持ち主で、台風や嵐、海上のシケなどを予知する能力を持っているのだと言われている。海が荒れることを予知するわけだから、気象庁よりも信頼することが出来るのだ。気象庁の天気予報など「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などと口の悪い連中が言うくらい当たらないことが多いのだが、三毛猫のオスだけは「百発百中」、外さないのである。超高感度レーダー内蔵の猫なのだから、他の猫と較べると「変人(猫)」の類に属しているのだ。母親の"まり"が高齢で亡くなると、あとを追うようにして、二週間後には縁の下で死んでいたとセンセイは言う。母親以外には誰にもなつかなったそうだ。"Hey, Charlie, 'Mike' was a real maverick. He belonged to nobody, not even to me or to my mother. 'Mari' was his only family. He was so independent. A real cool cat. I really loved him though." センセイ曰く「あいつは一匹狼(マヴァリック)で 、どこにも誰にも所属しない、冷静で、本当にクールな奴だった。俺は本当にあいつが好きだったんだ。あいつは猫離れしていた。人間で言えば、変人、奇人だな。猫だから変猫(へんびょう)か。とにかく人には絶対になつかない。抱き上げられても三十秒もしないうちに逃げ出す。しかし、いつも堂々としていた。わが道を行くというやつだ。俺も高校の卒業アルバムに "I will go my own way." と書いたぐらいだから、俺の理想像のようなものだったのかもしれない」"Charlie, you know you remind me of 'Mike'. When I first saw you, I thought I knew you. You looked like him even though you're not 'mikeneko'. But you're more amicable than 'Mike'." 「チャーリー、お前を見ていると"みけ"のことを思い出すよ。初めてお前を見たとき、どこかで会ったことのある顔だなと思ったんだ。そういやあ"みけ"に似ているよ。お前は三毛猫じゃないけれど。お前の方が愛嬌があるね。」と言うのである。

■私のことをチャーリーと呼ぶので、何でそう呼ぶのか後で知ったのだが、この親子以外に、再度、猫を飼うときには、「チャーリー」と呼ぶことにしたのだと言う。オスだろうがメスだろうがチャーリーと呼ぶのだと。こういう風に一回決めておけば、次に又猫を飼うときでも、名前を考える必要がなくなる。しかも、あの有名な漫画「ピーナツ」(もう亡くなったがチャールズ・シュルツ Charles M. Shulz が長く書きつづけ、全米一の人気を保った)の中でスヌーピー(Snoopy)やルーシー(Lucy)と一緒に登場する主役、あのお人よしの、オール・アメリカン・タイプ("all American type")のチャーリー・ブラウン(Charlie Brown)と同じ名前である。センセイは、このチャーリー・ブラウンが大好きで、そういうこともあって、自分が飼う猫は"チャーリー"と呼ぶことにしたんだと言うわけだから、理由はいたって単純なのだ。私にはトム("Tom and Jerry" という「猫とネズミの漫画」に出てくる、あの間抜けの Tom と同名)という名前があるが、これだって親がつけてくれたと言うわけでもないから(本当は私を捨ててアメリカへ帰ってしまった旧主がつけたもの)、私がどう呼ばれようと、そんなことは気にしないが、お人よしという点では、犬のスヌーピーのご主人のチャーリーとは少々違い、私はけっこうさめていると思っている。しかし、私もこのチャーリーは嫌いではない。ただ、私の方が、ずっと、頭がいいのと、世渡りでも一枚上だと思うのである。"Anyway, I decided to let him call me Charlie. So, from now on my name's Charlie." 初めのうちは、センセイが「一方的に」私に対して話しかけるのだと思って聞いていたので、ほとんどこちらからしゃべりかけることはなかった。彼の方で気の向いたときに英語で話し掛けたり、日本語でしゃべったりするのである。あたかも私が両語とも理解していると思っているかのように。私に対しては、たいてい英語を使うのだ。私には英語の方がよく通じるとでも思っているように。そのうちに、あたかも私の意見を引き出そうとするような言い方をしはじめた。"What do you think of it?, Isn't that right?, Don't you agree?, etc." 「それ、どう思う?」「そういうことだろう?」「俺の言うとおりだろう?」などと言ってこっちのの反応に期待するので、適当な返事をすると、先生は納得したような表情を示すようになった。どうやら私の言葉を理解しているようなのだ。別に分からなくても分かったような振りをしているのではなさそうなのである。"Sensei, do you understand what I say? I mean 'word-by-word. Not just 'meow' or 'mew' but as a human language?" 「センセイ、私の言うことが分かるんですか?ただ単にニャオとかニャンニャンとかだけではなく、人間の言葉として」と言うと。"You didn't notice that? I thought you always did. You sound American and your Japanese is pretty good, too. You must be a linguist just like me." 「当たり前だよ。今まで気付かなったのか?お前、そんなこと、分かっていたと俺は思っていたけど。お前はアメリカの猫だろう。日本語もけっこう上手いよ。俺と同じように言葉の専門家(リングイスト)だよ」と言うのである。これには私の方が驚いた!「猫がしゃべる言葉を人間が分かるなんて!こりゃ大変だ!これで人生、元へ、猫生も面白くなるぞ!」と思ったのである。