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・スターティング・ツーラーン・イングリッシュ

■うちのセンセイの長女が某私立の中学校に入学したときのことである。二月一日に入学試験があり、翌二日に合否の発表があり、めでたく合格、お嬢さんも、奥方やオバーチャンも大喜びで、特に塾の先生が合格不可能と宣告した学校に受かったので、皆さん、大変ハッピーなのであった。

■センセイは、さっそく、娘に英語の発音を教えはじめた。毎朝六時に起床して、登校前の30分間、「アー」とか「イー」とか「ウー」とかやるのだが、発音のレッスンよりも、彼女を起こすのが一苦労なのである。はじめのうちはどうなるのかとハラハラしながら見物していたのだが、まだ12歳の子供だから、音には敏感で覚えるのも早く、5週間もたつと、母音全部とほとんどの子音を正しく発音できるようになっていた。これには私も驚いて、センセイの自論がこれで証明されたと確信したのである。思春期(ピューバーティー; puberty, 女子は12歳くらい、男子は14歳くらいで迎える)前でなければパーフェクトな発音は覚えられないと言う定説とは少し違うが、「思春期を少し越した年齢、高校一年生ぐらいまでなら、教え方によっては、正確な発音をマスターさせることができる」というのがセンセイの説である。これは自分の体験に基づいた説なのだ。中学入学の少し前の段階で、このレベルに到達したので、センセイはたいへんご満悦の様子であった。

■四月八日から学校がはじまり、英語の授業も週6時間あることになった。この女子校では「英語の時間」と「イングリッシュの時間」と呼ばれていた二種類の授業に分かれていて、日本人教師が担当するのが「英語」の授業で、米人教師が「イングリッシュ」を教えるのだそうだが「言いえて妙」である。

■センセイも毎朝六時起きはちょっときつそうだったが、まあ自分の娘のためだから、奥方にたたき起こされ、しぶしぶながらも熱心に教えていた。しかしながら、娘のほうは「イングリッシュ」に興味はあるものの、毎朝六時にたたき起こされてはたまらない。気合など入るわけがないから、センセイも時々かんしゃくを起こしていた。しかし、成果はかなり上がっていて、私が聴いてもかなりいい音を出していた。

■夏休みも終わり、文化祭とかいう学校の行事があって、女子校の文化祭などセンセイは一度も見たことがないので、嬉々(?)として出かけていったが、帰ってくるなり、"Charlie, girls did an English drama and their English was so bad. But in a way it was quite interesting." 「チャーリー、中学一年生の英語劇を見てきたが、あまりひどい英語なので、逆に面白かったよ」と言うのだ。"You know actually they learned it so well. They got the perfect Japanese accent on their English. Teachers must have done an excellent job of teaching English pronunciation with perfect Japanese accent. This means that they have mastered it in only 6 months." 「中学に入って、たった半年で、あれほど見事に日本語式発音を覚えると言うことは、教え方が上手だということだよ。先生と同じ発音を半年で真似できるようになるぐらいだから、正しい発音でも、この調子で教えれば、みんな、すぐに上手くなるということだよ」と。「鉄は熱いうちに打てというが、まさにその通りだ。中学一年の間に日本式発音を徹底的に叩き込まれると、これはちょっとやそっとの矯正で"正しい発音"に宗旨替えなどできるものではない。俺の弟子たちが苦労するわけだよ」と嘆くのである。

■発音の指導は、センセイのメシのタネのひとつである。アメリカ英語の発音を教えるのだが、弟子集めに宣伝などしないから、口こみだけで、弟子の数も少ないし、月謝も安くしているから、これでは美味いメシは食べられないが、けっこう熱心に楽しんで教えている。プライベートに教える人たちを「弟子」と呼び、学校で教える「学生」とは区別している。どう違うのか私には分からないが、成果は弟子の方が圧倒的にいいから、その辺にカギがあるのか、それとも学生と弟子とでは熱心さが違い、熱心さの度合いで区別しているのか、とにかく弟子たちは、全員、上手くなるのである。十年以上もセンセイの所で勉強している者もいるぐらいだから。

■「英会話は教えない」とセンセイは言う。「会話は外人とやりなさい。外人から習いなさい」と言う。いくら英語を教えるためとはいえ、自分が日本人相手に英語をしゃべるのは苦手(嫌)で、勘弁してもらいたいのだと。下手な英語の相手をするのは苦痛なのだと。学生や弟子には会話文を声に出しての発声練習は、徹底的にやらせるが、言葉のやり取り、まあキャッチボールのようなものだが、下手な奴とのキャッチボールはイヤなのだと言う。センセイが常連のさるピアノバーで一杯やっていると、時々、エーゴらしき言葉(イングリッシュでないことは確かなのだそうで)話しかける日本人がいるらしく、これには閉口すると言っている。まるっきりジャパニーズ・イングリッシュ(ガイジン連中はジャプリッシュとかジャパングリッシュとか呼んでいるらしいが)でやられると、吐き気がするほど酒がまずくなるらしい。

■私も、時々、日本人同士で下手な英語を使っているのを見かけるが、珍妙な光景である。発音もイントネーション(intonation)もリズム(rhythm)もあったものではない。文法もひどいし、セリフの言い回しが珍妙で、これが英語かいなと思うようなセリフが出てくるから、面白いといえば面白い。これでは変な英語をお互いに覚え合っているのと変わらない。 まるで下手になる努力を、一生懸命にやっているのと同じで、まことに奇妙な感じがするのだと。センセイもよく言うのだが、「ロール・プレイイングなどと言って、日本人の学生同士で対話をさせている先生(外人教師でも日本人の教師でも)がいるが、あれはナンセンスだ。対話の相手はネイティブ(native)か、それに準ずるフルアントに(fluently, 流暢に)英語をしゃべれる人とやらなければ、本当の意味での上達は期待できない」と。日本人同士で対話をさせるのは「教師の手抜きだ」と言うのである。学生が直接外人教師と対話できないのなら(生の対話相手として)、録音テープを相手に会話を練習する方が、効率がいいかも知れないと。学生がいくら変な、ひどい英語で話しかけても、先生は正しい発音で正しい英語で返答するから勉強になるので、返ってくるものが自分と同じ変な英語だったら、何の役にも立たない。「逆に害になると言ってもいい」とセンセイは言う。私もこれには、全く、異論はない。

■センセイの話だと、英語の音韻体系(sound system)には三つの要素があり、第一は「発音」(pronunciation)で、それぞれの母音や子音をどう発音するかということ。二番目が「抑揚」(intonation)で、三番目が「リズム」(rhythm)だと言う。二番目と三番目をまとめて「韻律学」(プロソディー; prosody)と専門的に呼ぶのだそうだが、音の高低(ピッチ; pitch)や強勢(ストレス; stress)、連接(ジャンクチャー; juncture)などのことだそうだ。「発音が下手でかなり訛っていても、イントネーションが少々おかしくても、リズムさえ狂わなければ、英語で相手をしてもいいが、リズムが狂うと、こっちまでおかしくなって、英語がスムーズに出てこなくなる」と言い「英語が上手い、アメリカ人と全く変わらない、などといくらおだてられても、所詮、俺にとって英語は外国語、ネイティブのように、相手の発音やリズムが狂っていても、自分の言葉までおかしくならないというところまでは、とても行き着かない」と嘆息していた。

■センセイも日本人と英語で話をするのを嫌がるが、日本に何年か住んでいるネイティブ(native English speakers)も、センセイ同様に「日本人と英語をしゃべるのはイヤだ!」と言う。英語の教師はそんなことを言っていられないので、仕事だからと我慢しているようだ。しかし我慢できなくなって、やめる人も多いのである。最も猫に英語でしゃべりかけるのは、ネイティブかうちのセンセイぐらいだから、私の方は、セーフ○○党である。

■センセイの長女も大学院を出て、今はアメリカで仕事をしているが、中一のときに習った発音訓練のお陰で、「まるでアメリカ人と変わらない発音だ」と皆が言うらしい。中一のころに、正しい発音をマスターさせれば、こういう成果が現れるのである。